第2話






「……終わらねえ……」



俺は一人きりのオフィスで、ごつっと頭をデスクに落とした。

小さく呟いた言葉が辺りに少し響き、より孤独を感じるのだから、たまったもんじゃない。



「あんの糞尼…。自分で確認しとけよな……」



長い溜息を吐いた後、俺は中身のぎっしりと詰まったファイルを4冊抱え、第二資料室へと逆戻り。

今やっているのは、過去十年分の137社による資料の中から、希望通りの型を作っていた工場を探すこと。


因みに、本来なら俺の担当ではない。

今日は電話でのお客様相談係だった。なのに。



「悪いんだけど、第二資料室からAの第4グループを十年分持って来てもらえる?」


「ごめんね、今日どうしても帰らなくちゃいけなくて…Aの第4から7までの間には、必ずあるはずだから!」


「大丈夫!山口君ならすぐ終わるよ!じゃあお先!それ明日までだから宜しく!」



糞尼基先輩は、そう言うと颯爽と帰ってしまった。

噂ではデートらしい。

軽く死んでくれ。


と云うか、彼女の記憶が曖昧過ぎて調べる量が膨大すぎる。

何これ、本当に終わんの?



そろそろ瞳に張り付いてきたコンタクト。

何度も目をシパシパさせて目薬を探すも、どうやら自宅に置いてきたらしい。


とことんツイていない。



俺は顔を洗おうと、手洗いへと向かった。

大きくゆったりと進むその足取りは、俺のかったるい気持ちが、ありありと現れている。


腹減ったなぁ。今日、何食べよう…。

俺はぼんやりと考え出した。


とりあえず、肉食いてぇなぁ。豚カツ美味そう。

でも里芋も食いたい。枝豆も。

あぁー、決まんねー。とりあえず帰りてー。



項垂れた俺がトイレのドアを開けようとした時。


向こう側からドアが開かれた。



「ぅ、お」



慌てて俺は一歩下がる。

ドアを開けた相手も、驚いて目を丸くした。



「あ、ごめんなさい。誰か居るとは思わなくて…」


「いや、だ、大丈夫です」



サッと頭を下げる男に、吃りつつ謝る俺。

び、びびった。心臓が脈打ちすぎて、気持ち悪い…。


つか。吃っている俺、格好悪い。



内心嘆きながら、俺は目の前の男をまじまじと見詰めた。

見た事無いな、この人。

他の部か?



色白眼鏡なこの人は、俺よりも少々身長が低いようだ。

何か、あれだ。


和風美人。



「じゃあ…失礼しますね」


「あ、は、はい」



軽く会釈した彼が、俺の横を通り過ぎる。


その時








君の匂いが少しだけしたんだ。









俺は、彼を壁に抑え付けるように抱き締めた。



「ッ!?」



腕の中で、ギュッと縮こまる身体。

肩に顔を埋めれば、より一層強くなるその匂い。


あぁ。間違いない。

この人が、俺の求めていた彼だ。



「え、な、何をして…」


「あの、名前何て言うんですか?」


「え?」


「俺、第2の山口徹です」


「あ、私は第6の池上希と申します…」



池上希さん。

えらく簡単に質問に答えてくれるな。


どうやら彼は、流されやすいタイプのようだ。


あー。良い匂い。

ずっと嗅いでられるわ。



「池上さん、もしかして東高じゃないですか?」


「え、はい…そうですが」


「やっぱり!俺もです!」



俺はガバッと顔を上げ、キラキラ光る目を彼に向ける。



「俺、池上さんの事見覚えあって」



嘘。

その匂いに嗅ぎ覚えがあったんです。



「もしかしたら、同じ高校出身じゃないかな、と思いまして」



これは本当。

もしかしたらって云うか、絶対的な自信があったけど。



「そうでしたか…同じ高校出身の人に会ったのは、初めてです」


「俺もです」



あ、笑った。


この人警戒心無さすぎか。

可愛いなクソ。



「池上さん、良かったらこの後飲みに行きませんか?」


「良いですね、行きましょう」



あれよあれよと決まっていく話。


池上さん、覚悟しといてね。

八年越しの想いは結構重いんで。


ね。



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