ミサ (社会人/再会)
第1話
この時期になると、決まって同じ夢を見る。
体育館に並ぶ、沢山の男子高校生。
バスケットコートが二つ作れる至って普通の体育館に、全校生徒述べ1200人。
しかも此処は男子校。
むさ苦しい。物凄くむさ苦しい。
何故こんな事になっているかと言うと、10月下旬になると我が校ではミサ式典の為に聖歌練習を行う。
全校生徒が体育館に押し込まれ、一人の音楽教師によっての歌の練習。
毎日真っ黒なスーツで顔は何だか蛇の様な彼女が、俺はどうも好きになれなかった。
次第に聞こえてくるパイプオルガンの伴奏。
宗教の授業を担当している眼鏡の優しげな男性が弾いているのを、皆知っていた。
喋り声が止み、多くの生徒が歌い出す。
――いーつくしみ ふかーき とーもなる イエスはー・・・
口々に音を零していく。
讃美歌312番『いつくしみふかき』
何個か歌う聖歌の中でも、俺はこの歌が一番好きだった。
スカした顔をしながらも、結構真面目に歌う。
だって好きだから。
大柄の男子生徒の深く広い歌声と、小柄な男子生徒の高くて柔らかに掠れる歌声。
空気が物凄く綺麗だった。
それらは、朝日に揺れるカーテンみたいで眠くなる。
休符で思い切り息を吸い込んだ。
…あ。良い匂い。
ふと感じたその香りに、思わず声が止まってしまった。
それには誰も気づかない。
こんな人数が歌っているんだ。
一人くらい声を出さなくとも、誰も気づきやしない。
それよりも、この匂いは一体誰だろう?
周りを見渡すが、香りの正体は見当も付かない。
常に香っている訳ではなくて、ふとした瞬間にぶわっと来る。
人の匂いを良いと感じたのは、初めてだった。
こんなに落ち着く匂いを、俺は知らなかった。
顔も名前も知らない男子生徒の匂いに惚れたその日。
その日を俺は、この時期になるとまた夢に見るのだった。
「…会ってみたかったなあ」
そうぼやきながら、頭の中に流れるのはパイプオルガンの伴奏で。
――いーつくしみ ふかーき とーもなる イエスはー・・・
――つーみ とが うれいーを とーりさりたもー・・・
口から零れたその歌は、少し掠れていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます