前の席 (クラスメイト)

第1話







ぐぐっと反らされる上半身と、目の前に現れた軽く握られた拳。


気づいたら、その掌に自分の指を滑り込ませていた。



「……え」



ぱっと離れてしまう掌と、彼との距離。


前の席の彼は、驚いたようにこちらを振り向いた。



「な、なに」


「…あ、ごめん」


「いや、良いんだけど、良くはないけど、急に何」



良いんだけど、良くはないけどって…結局どっちだろう。


分かりやすく慌てている彼を見ると、口元がニヤついてしまいそうになるけど、そんな空気じゃないのは感じているので、我慢する。


けれども肩が揺れてしまっているようで、少し鋭い視線を向けられた。


いや、ごめんさ。

面白いんだから仕方が無い。



「何となく」


「…は?」


「目の前にあったから、何となく」


「………お前なぁ……」



率直な気持ちを言うと、溜め息を吐かれた。


だって、マジなんだもん。

何も考えずに手が動いたんだよ。



「この前松山が頭ごっつんこしてきた時、俺何にも文句言わなかったのに」


「…え、お前あの時起きてたのかよ」


「……頭ぶつかれば起きるだろ、普通」



頭ごっつんことは、松山が上体を反らしすぎて、後ろにいる俺の頭に見事にゴツっとした時の事だ。

丁度その時俺は机に伏せていて、前にいる彼との距離が近かった事が、原因だと思われる。


それにしたって、後ろに上体を反らしすぎた松山のせいなんだろうけど。



首を傾げて答えると、彼は口元を押さえてぐりんと前を向いた。



うわぁ…耳少し赤い。


それをふと触りたくなって指先でなぞると、ガタガタっと派手な音を立てて、彼は椅子から落ちてしまって。

授業中だったので、クラス中から視線と爆笑を向けられていた。



松山って、馬鹿なのかな。



「…大丈夫?」


「お前のせいだよ、バーカ」



笑いを堪えながら尋ねると、彼にぎっと睨まれてしまった。


俺のせいだったのか。

それは失敬。



彼は疲れたように、机に寝そべる。

薄い制服のシャツが引っ張られ、彼の背中のラインが浮かび上がった。



その背中も触りたくなったけれども、そんな事をしたら今度こそ怒鳴られそうだよな。



俺は右手で頬杖を付き、利き手じゃない方の手でシャーペンを持つ。

そうして、形だけで受ける授業へと戻っていった。






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