日常生活

丹桂

惚れた弱み (社会人/恋人同士)

第1話





あと一杯。


あと一杯で、俺の恋人は落ちるだろう。

グラスに彼の好きな柑橘類のチューハイを注ぎ、持たせる。


週末の夜。

俺は恋人を家に呼び、一緒に酒を呑んでいた。



ぼーっとしながらそれを見つめる彼。


反応が無くて、つまらない。

俺は彼の紅く染まった頬を、つんつんと突いた。



「むー・・・」



嫌そうに愚図っては顔を背けるのが可愛くて、思わず抱きつくと。



「藤さん、うざい!」



完全に機嫌を損ねた恋人は、ぴゅーっと部屋を飛び出した。


おそらく、寝室にでも入ったのだろう。



ベタベタとすると、すぐにするりと逃げてしまう愛しい人。

けれども、ここで追いかけるのは得策ではない。


何故なら



「…独りにしないで~!」



後ろから伝わる温かい体温。

そのまま、小柄な彼にぎゅっと抱き締められた。


自分から離れたくせに、孤独を嫌がる。

そして俺が頭を撫でようとすると、その手を叩き落とすのだから、困ったものだ。


絶妙な距離感。

それが彼にはあるらしい。






知るか馬鹿。触らせろよ。







大人気ない俺は、彼を放ってビールを喉に流し込む。


すると、横からそれを取り上げられた。



「お酒ばっかりじゃ、やだ。藤さん、俺のことも構ってよ…」



うるうるとした彼の二つの瞳。


酒なんかよりも魅力的なそれに見つめられ、思わず喉が鳴る。



ひょいと軽い彼の体を抱き上げ膝に乗せると、嬉しそうに擦り寄ってきた。


無自覚とは時に凶器になると、俺は思っている。

これは反則だろう。



「ね、ね。俺のこと、好き?」


「すき」



普段の敬語がすっかり抜けてニコニコと尋ねてくる恋人に、俺は真顔で返す。



「大好き?」


「大好きだよ。…崎本のこと、愛してる」


「…えへへ」



額をくっつけて告げると、ふわりと笑う崎本。


酔っ払うと、我が儘で甘えたになる俺の恋人。







あー、可愛い。





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