第4話






それは僕の頭の中を、白く染めた。



「…死にたかった?」


「…思いっきり走って、心臓バクバク動かしまくれば、いつか死ねると思ったんだ。普通に生きていくよりも、ずっと早く」





だって、心臓の動く回数って決まってるって言うじゃん。





そう零した彼の言葉に、僕は喉が詰まったように感じた。

ビー玉が、其処に詰まっているみたいに。



「何で、どうして…そんな事思ったの?」



ギシ…とベッドが鳴る。

僕は、彼の顔の横に手を付いた。


右頬の近くにある、僕の左手。

触れそうで触れない距離が、歯痒かった。



「…言ったところで、どうなんの?」


「………」


「あんたの言葉は決まってんじゃないの?」


「………」


「どうせ、死ぬなって言うんだろ」



吐き出すように彼はそう言って、ぐちゃぐちゃとした瞳で僕を睨んだ。


ねぇ、田崎君。


それって



「それって、いけないこと?」


「……っ」


「生きてほしいと思うのは、いけないこと?」



小首を傾げて、彼の左頬を右手で撫でる。

びくっと田崎君が揺れたのが解った。





遠いなぁ。

遠い。


君との距離は、遠過ぎる。






「だって…っ、そんなの…そっちのエゴじゃん…!」


「エゴ…?」


「生きてほしいって、そんなの…そっちの願いだろ!?」


「………」


「おれの、俺のことなんかっ…考えてないじゃん!」


「…そんなことは」


「ある!…生きろ生きろ、頑張れ頑張れって…そんな無責任な事が、あるかよ…」



ぼろぼろと零れ出した彼の涙。

僕はそれを拭う事も出来ずに、思考を停止させていた。


田崎君は、どんな風に生きてきたんだろう。


僕と一緒の空間に居る教室以外の彼は、どんな風に生きていたんだろう。





互いから香るチョコレートの匂いに、僕は泣きたくなった。




「…ねぇ、田崎君」


「…なに」


「生きてほしいって言う奴は、嫌い?」


「…きらい」


「……そう」



僕は苦笑し、また彼の左頬を右手で撫でた。



「……でも」


「ん?」



ちろっと覗く、田崎君の舌。


ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、彼は呟く。






「…死んじまえって言う奴は、もっときらい」






僕は大きく目を見開いては、息を呑んだ。


そして気付けば彼に覆い被さり、ぎゅっと抱き締めていた。



「…お、おれ、死にたい時に、自分の罪悪感とか考えずに、俺の為を思って、おれの…俺の背中押してくれる様な奴と、結婚する…」



僕の背中に腕を回した田崎君の、小さな叫び。


僕は、彼の髪の中で小さく笑った。



「…そんなの、我儘じゃん」


「う、うるさい…」



ガジガジと僕の右耳を噛む彼は、物凄く可愛い。


ねぇ、田崎君。

僕は君の嫌いな奴になるのかな。


それとも——





「チョコ、いる?」


「…いる」


「あーん」


「…あー」





…僕たち、同じ匂いだね。






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