裏道のグレー2 (社会人/身分差)

第1話







あいつは、また来るって言った。


それなのに、もうあの日から二年が経とうとしている。



俺はあの日から絵を沢山描いた。

沢山、たくさん。

なけなしの金を小さなキャンバスに注ぎ込んでは、藍色の絵の具を滑らせた。


それらを全て持ち出しては、あの日と同じ場所のシャッターを背に座り込んでいる。


全てがあの日に捕らわれていた。



「…馬鹿みたいだ…」



ぐしゃりと前髪を掴んでは、俺は項垂れた。


一体何時まで待てば良い?

本当に此処に来るのか?

こんなこの世の底辺みたいな所に?


答えは、否。



あいつは、もう来ない。



それならば、もうこれは要らない。

こんな絵、何の価値も無い。



あの日から、一体何人が死んでいっただろう。

視界の端で崩れ落ちた者もいる。

俺よりもずっとずっと若い奴だっていた。


珍しく一言二言言葉を交わした者も、あっさり死んでいった。



もう、俺も良いんじゃないかな。



ぽっかりと浮かんだその言葉は、途端に俺に染み込んでいった。

もう一日たりとも生きていける気がしない。



ぐしゃりと前髪を掴んでは、息を沢山吐いた。

これは、哀しいのだろうか。

涙なんて出ていないけど、喉がつっかえて苦しい。


俺はあいつをどれだけ期待していたのだろう。

こんなの、馬鹿みたいだ。



手元からキャンバスの塊が落ちていく。

近くの地面に散乱するそれを、拾い上げる気にはならない。


もう価値は無いのだから、捨ててしまおう。







「相変わらず勿体無い事をするよね、君は」






大量のキャンバスを置いて立ち去ろうとした俺の腕を、誰かが掴む。


その声には聞き覚えがあって。

そりゃそうだ。

だって、ずっとずっと恋焦がれていたのだから。



「…その絵を、私に売ってくれないか?」



あの日と同じ言葉。


ゆらゆらと目の前に水が滲んでいく。



「…全部あげる。これからも、ずっと」


「………」


「だから、俺の事も必要としてよ……」



力無く、目の前の男に縋りつく。

頭に乗せられる大きな手。


ああ。温かい。



「お前以外、要らないくらいだよ」



優しい言葉と優しい顔。

俺はそのまま男に連れて行かれた。


もう目の前は、グレーじゃなかった。






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