第3話 残酷者





僕には、彼だけで良い。



「ただいま!」



痛む身体と鼻から離れない余所者の匂いが深いだけれども、僕は明るい声で帰宅を伝える。


迎えてくれるのは、愛しい人。



「兄さん!またそんな怪我して…っ、早く冷やすよ」


「うん、ありがとう」



バタバタと現れた弟は、ぎょっと目を見開くと僕の手を引っ張ってリビングへと連れて行く。


共働きの両親は、まだ帰ってきて居なかった。



「…どうして何時もいつもこんな痣作ってくるの?」


「知らない」


「知らない訳ないでしょ?」


「だって、解らないんだ。何でこんなことされるのか。特に接点も無いし…」


「誰にやられてるの?」


「わかんない。顔も声も覚えられないもの」


「もう…」



それじゃあ何か接点あっても、兄さんが覚えてないだけじゃないの?と困り顔で言われる。

確かに。

十分有り得るなあ。



何時もいつも殴られたり蹴られたりするけど、それが誰からなのか。

僕はさっぱり解らない。


だって興味ないんだもの。

僕を痛めつける奴に1ミリたりとも興味が湧かない。





僕には弟が居れば、それで良い。






「…ねえ。何でまた他の奴の匂いがするの?」


「…さあ?」


「さあって…もう…」



僕の頬を冷やす為に近付いた弟は、顔を顰めて尋ねる。


こてんと小首を傾げてはぐらかした。



これは、覚えている。

わざとやったから。


彼のその目で見てほしくてやったから。



口を濯いでいるといつもやって来る知らない男その2。

余所者の、彼の匂いを身体中に染み込ませた。


そしたら弟は、いつも僕にしてくれる事がある。



「…兄さん、服を脱いで。僕の匂いでいっぱいにしてあげる」


「うん、うん」



ゆるりと揺れる弟の瞳。

そのまま手首を捕まれ、彼の部屋へと連れて行かれる。


掴むその手は、少し痛い。



二人とも裸になって、ベッドへと崩れ落ちる。



両親が帰って来たのは、それから何時間も経った後だった。



あぁ。

明日も僕には、弟さえ居れば良い。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る