第2話 偽善者




この子は、俺にだけ懐いている。



「…その傷…っ、またやられたの?」



男子トイレの手洗い場で口を濯ぐこの子の頬は、朱に染まっていた。

青白い肌に、痛々しい殴られた跡。


俺はぐっと下唇を噛んだ。



キュッと閉じられた蛇口。

水はもう流れていない。

ぽたぽたと水滴が彼の顎から伝っては落ちた。



「酷いね…もう大丈夫だよ。俺がいるからね、安心して…」


「………」



彼の頭をぎゅっと自らの胸に抱く。

この子は、何て無防備なんだろう。


こんなに酷い傷を負って。

それでもそこには何も無い。

この子の中では、全ての出来事がどうでもいい事となる。

彼にとっての毎日は、一言日記を付けられない夏休みの日の様な、そんな退屈な日と同様なんだろう。



正に、『特に何も無い』。



そんなこの子は、俺の胸を拠り所としている。

優しく抱きしめると、抵抗もせずにそこにいる彼。

すん、と匂いを嗅いでいた。


それだけで、俺は最高に高揚するんだ。



ぐりぐりと彼のおでこが、俺の制服のシャツを乱す。

控え目な彼からのこの行為が、物凄く嬉しい。


もっと、もっと。

どんどん俺を求めてくれたら良いのに。





俺はとっくに手遅れな程、この子に溺れているのだから。





「遅くなっちゃうね。…帰ろっか」



頭を少し撫でては彼の手を引き、荷物を取りに行く。

この子を痛めつけた奴は、今日も教室に残っては居なかった。

一体誰なんだろう?

俺の子に手を出すのは。しかも、物騒な方の手を。


そして繋いだ手をそのまま、二人で校舎を後にする。

ぽてぽてと付いてくるこの子が、堪らなく可愛い。



あぁ。

明日もこの子は、俺にだけ懐くのだ。




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