第3話





口付けながら、僕は兄さんの頬を両手で包み込む。


細い身体にしては、少しふっくらとしている顔。

過食嘔吐を繰り返す兄さんは、浮腫んでしまっているのだ。



吐くことを繰り返すと、唾液の分泌が活発になっていく。

そうして唾液腺が発達し、顔が腫れてしまう。


本来なら誰もが怪しむ程に、顔が腫れる。

けれども兄さんは、そこまでではない。



きっと耳の下の唾液腺のマッサージをしたり、サプリメントで不足したカリウムを補給したりしているのだろう。


その努力も、考えるだけで痛々しい。




『王子はたくさん食べるのに、全然太らないよね!羨ましい~』




何時だったか、誰かが兄さんにそう言っていた。

その瞬間、僕はそいつを殺したくなったのを、覚えている。


どうして、どうしてそんなに兄さんの傷を抉るんだ。

何も知らないくせに…もう何も言うな!



「…かな…かな…」



僕の下で、兄さんがうわ言の様に、僕の名を呟く。


かな。


兄さんがそう呼んだ時、僕も兄さんの名を呼ぶ。







「しょーた。しょーた…」








他に言葉は要らない。


ただ、愛しさを全て込めて、兄さんの名を呼ぶ。



「…しょーた…しょーた…」



誰も呼ばないその名前を。

何度も何度も。

俺だけが呼ぶんだ。



「あ…かな…。かな…」



昔の様に、少し舌足らずな呼び方を、互いにする。


まだ兄さんの心が、守られていた時の様に。



「かな…すき。すき…かな…」



段々と柔らかくなる兄さんの表情。


大丈夫。

俺は兄さんの名前を、忘れたりしないよ。


兄さんの中身を、消したりしないよ。



瞼にキスを落としながら名前を呼ぶと、兄さんはいつも好きだと言ってくれる。







僕はそれが、依存から来る感情だと知っている。






良いよ。

それでも、良いよ。


本当に好きだと思っているのが、僕だけでも。


僕は、大好きな兄さんが居てくれるだけで、良いんだから。



大好きな兄さん。


僕は貴方の傍にずっと居るし、誰も呼ばないその名前をずっと呼び続けるよ。


だから、安心して。



「…おやすみなさい。ゆっくり休んでね」





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