調査再開

逆境こそ前向きに

「はい、じゃあ今後の行動をどうすべきか意見がある人挙手!」

「……」


 椅子に座るや否や、伊賀先輩がハキハキと私達に問い掛けるが、帰ってきたのは無言という静かな語りだった。


「ちょっとちょっと、みんな何もないの? また犯人探しをするって決めたのに案ないの?」

「そんな簡単には」

「そ、そうですよね……」

「う~ん」


 それぞれ頭では考えてはいる。ただ、これ! という妙案は浮かばず、口から出るのは唸る声ばかりだった。


「みんな暗いよ~。もっと明るく笑顔で」

「笑顔はさすがに……」


 議題にしてるのは私の疑惑……殺人事件なのだ。学園七不思議とか、日常の謎といったものとは訳が違う。笑顔を作れと言われても無理がある。


「別にふざけて笑顔になれとか言ってるんじゃないよ。殺人事件を扱ってるんだから暗くなる気持ちも分かるし、それが普通だよね。でも、その事件に関わると決めた以上、私達は向き合って解決していかなくちゃならない。そのためには、暗い気持ちのままじゃ進まないと私は思うのよ」

「病は気から……みたいなものですか?」

「似てるかもね。病気になった時は気持ちの持ちようが大事だって言うけど、私は病気だけじゃなく逆境とか問題に立ちはだかった時にも言えると思うの。まさに今の状況ね。最初から逃げ腰じゃいつまで経っても打ち勝てない。辛いときこそ前向きに、よ」


 たしかに塞ぎ込んだままでは解決策など思い付かないだろう。理解できなくもない。でも、だからといってすぐには明るくなれなかった。今現在も容疑を掛けられている状況に容疑者の数。正直に言うならばお先真っ暗である。


「じゃあ静、そういうお前は何か案があるのか?」


 蜷川が伊賀先輩に問い掛ける。思わず顔を見ようとしたが、そうすれば嫌でも腫れた頬が目に入るので、なるべく視界の外側に寄せる。


「ぷふっ、おっかしな顔。直せないの?」

「無理に決まってんだろ。そもそもお前が原因だろうが」

「じゃあ、新しい顔と交換して」

「俺はアンパンマンか」

「あっ、祐一は米派だっけ。おにぎりの方がよかった?」

「どっちも嫌に決まってるだろ」

「えっ……まさかの麺?」

「お前は俺の顔をどうしたいんだよ。バカなこと言ってないでいいかげん俺の質問に答えろ」

「はいはい。案があるかどうか? もちろんあるわよ」

「ほう、それは?」

「祐一が全容疑者に話を聞いてくる」

「お前やこいつらは?」

「ここで待機」

「働けこのやろう!」


 二人のやり取りを眺めている内に、気付けばいつも通りの雰囲気が教室に漂っていた。おかげで後ろ向きな気分が薄らいだような気がする。


「やっぱ、今まで通りのやり方かな?」

「それが一番無難よね」


 他に思い付かない以上、やはりそれしか方法がないだろう。


「えっと、あと残りは三年生の五人ですよね?」

「そう。神谷謙、中村啓一郎、羽山佑介、緑川京子、田城三貴の五人ね」


 伊賀先輩に確認すると、メモ帳を見ながら三年生全員の名が挙げられる。


「三年生か~。ちょっと聞きづらいな」

「い、今までは同学年でしたから大丈夫でしたけど、上級生は教えてくれますかね?」

「正直、厳しいかもね」


 自分達の最後の文化祭で事件が起き、心中は穏やかではないだろう。しかも、もうすぐ受験を迎える。恐らく三年生はピリピリとしているに違いない。そんな状態で聞き取りが出来るのだろうか。


「相手は他の事に気を回す暇はないと追い返されるかもしれないけど、私達だって引き下がれない。こっちだって由衣ちゃんの将来が懸かってる。大事な時を迎えているのは一緒よ」


 伊賀先輩の真剣な台詞と態度に頼もしさを覚えた。この人がいればなんとかなるかもしれない。そう思えるほどだった。


「じゃあ、由衣ちゃん頑張って」

「はいっ! ……はい?」


 一度はシャキッ、と返事をしたが、内容に疑問を感じたのでトーンの違う『はい』を続けて言ってしまった。


「あの……私が聞くんですか?」

「そうよ」

「いやいやいや! 私は無理ですよ! 一年生の私じゃ三年生に聞くなんて。伊賀先輩がしてくれるんじゃないんですか?」

「ああ、私……」


 すると、先程までの明るさがどこへやら、伊賀先輩の顔から笑顔が消え始め、どこか遠くを見るような目が現れた。


「三年生……恐い」

「こ、恐い?」

「だって先輩よ? 私が八人の容疑者を突き止めた時どれだけ精神磨り減らしたと思う? 話を聞いてた時の『何だこいつ』みたいなあの目が……」


 だったら一年生の私じゃもっと無理じゃないですか! 逆境こそ前向きに、の言葉はどうしたんですか!?


「それに、また私が聞いてたらたぶん何も教えてくれないわ。『またこいつか』みたいに思われて対応してくれない」

「じ、じゃあ、私じゃなくて明里に」

「うん、いいよ」

「明里……!」

「安心して由衣。私がバッチリ聞いてあげるから。心配ないさぁぁぁ――いたっ!」


 手を広げようとしたのだろうが、机の角に手の甲をぶつけて唸り始めた。


 ダメだ、心配ありすぎる! 明里じゃあ悪化しかねない。


「り、りっちゃんは……」

「……」


 振り向くが、りっちゃんは顔面蒼白で今にも倒れそうになっていた。


 ごめん! 人見知りのりっちゃんはさすがに無理よね!


「じゃあ、蜷川、あんたが――」

「この顔で俺に先頭で聞き取りをしろと? お前随分冷酷だな」


 膨らんだ両頬を示しながら蜷川も否定する。


「と、言うわけで由衣ちゃん。お願い」


 ポン、と肩に伊賀先輩の手が置かれる。


「大丈夫よ。由衣ちゃんは事件の当事者。由衣ちゃんならきっと三年生も話してくれるわ」

「……分かりました」


 元々は私の問題だ。一番嫌な事をしなければならないのは私自身であろう。伊賀先輩の言う通り逃げ腰ではいけないはずだ。私は決戦に向かう様な気持ちで決意した。


「で、でも、さすがに私一人じゃないですよね? みんな付いてきてくれるんですよね?」


 しかし、私の質問に四人全員が一斉に顔を背け、誰一人として答えてくれない。


 待て待て待て! それはないよ!? 連れてくからね! 縛ってでも付き添ってもらうからね!

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