嘘つきは誰?
放課後になり、昼休みに聞いて回った情報を検証するため私達は一年六組の教室に集まった。
「さて、二年生は全員聞いたね。どうだった?」
切り出したのは伊賀先輩だ。それを聞いた私達はそれぞれ意見を言う。
「な、なんか、三人三様でしたね」
「だったね。怒る人もいれば平然としてた人もいたし」
「人によってこんなに変わるんだね」
聞き取りなんて初めての体験だが、たった三人でもここまで違いが出るとは思わなかった。もっと共通した対応をされるだろう、と。しかし、結果は見ての通り。ドラマのように上手くはいかず、そしてドラマがいかに作り物であるかを理解できたような気がした。
「じゃあ、印象として誰か怪しいと思う人とかいた?」
「印象、でですか?」
「そう。第一印象も大事だと思うんだよね。直感が時に当たることもあるから」
「そうですね~」
三人との話を振り返ると、はい! と明里が一番に発言した。
「私は二番目の人が怪しいと思いました」
「二番目というと、長谷川加奈子ね。それはなんで、峰岸さん?」
「なんだろう……自分が疑われているのに平気な感じが変だなって。私だったら怒りそうだから」
「なるほど。じゃあ、りっちゃんは?」
「わ、私は、さ、最初の人が気になりました」
「相川芳樹ね。それは?」
「わ、私には慌てていたように見えました。怒っていましたが、それは焦りから来ているような……」
おおう、ここでも個々で差が出るのか。
明里の話は私も同感だ。あの妙に落ち着いていた態度がどうも気になる。まるで、イタズラをしたが絶対にバレないという雰囲気を纏っていたような……。何を聞かれようがされまいが、自分の仕業であるとは誰にも分からないという自信満々の態度のように思えた。
次に、りっちゃんの意見も納得できた。自分が犯人候補と言われると、話を終わらせようとしていたような気もする。現に、相川先輩はすぐに教室に戻ろうとしていた。
「じゃあ、由衣ちゃん。あなたは?」
「私は……」
二人の意見も考慮して、三人の誰かと言われればこの人が一番怪しい。
「私も明里と同じ人です。二番目の長谷川先輩」
りっちゃんの意見も重要なものだ。気になると言えば気になる箇所がたしかにある。しかし、私にはそれは自然な応対に見えた。普通の人なら、犯人と疑われたら怒り、くだらないと聞く耳を持たないのではないだろうか。
「う~ん、第一印象では加奈子が一番怪しいのか。三番目の渡邉君は? 私は彼の落ち着きのなさが変に思えたけど」
「いや、あれは……」
あれは、ただ渡邉先輩が伊賀先輩への好意によるもので、話し掛けられて舞い上がっていただけだろう。そう考えれば一番に容疑を外せる人物だ。
「前に聞いたときもあんな感じだったのよね。なんかそわそわしてて、質問しても返答が曖昧で。私と会話したくないのかな? と思って帰ろうとしたら引き留められて」
あ、伊賀先輩……これ気付いていない感じだ。まあでも、渡邉先輩には悪いけど伊賀先輩はたぶん好みじゃないだろうな。完全に意識外ではないか?
「それじゃあ、私達の意見も踏まえて……祐一、聞かせてくれる? 彼らの声はどうだったのか」
全員が蜷川に目線を向ける。向けられた本人は何かを考えていたが、徐に話し出す。
「その前に、静。お前文化祭当日、ビラ配りしてたのか?」
「してたわよ」
「どこで?」
「外で」
「事件があった時間もか?」
「そう……だね。外で配ってたかな。まあ、数人しか受け取ってくれなかったけどね。渡邉君も言ってたけど、人とぶつかった拍子にビラがばら蒔かれたりもした」
「校内ではやらなかったのか?」
「やらないよ。校内で配ったって誰も受け取らないでしょ? 人通りの多い外でやらないと」
「だよな……」
そして、蜷川はまた黙って何かを考え始める。
ビラがどうかしたのか? 一体何を考えているのだろうか、この男は。
「ちょっと祐一。黙ってないで何か言いなさいよ」
「……結論から言うなら」
「うん」
「二人はクロだ」
「は?」
「え?」
「クロ?」
「苦労?」
なんか一人だけ場違いな言葉を発したような気がするが、それどころではない。私と伊賀先輩は慌てて蜷川に尋ねた。
「クロ、って、三人中二人が怪しいってこと?」
「いや、怪しいのは三人ともだが、二人は正直に話してはいない」
「嘘でしょ? いやいや、そもそもその二人は誰と誰? 一人の声と何か印象が違ったの?」
「声じゃない。一人だけ外れるやつは、話した内容が矛盾しているからだ」
うん? 矛盾しているから外せる? 逆じゃないの? 矛盾しているから怪しいんじゃ?
「だから、誰よそれ」
「三人目の渡邉というやつだよ」
「渡邉君?」
私が一番容疑の薄い人物と判断した相手だ。
「もう一度思い出せ。あの渡邉ってやつは事件があった時間、どこにいたと言っていた?」
「えっと……校内を回っていた、って言ってたわね」
「その時間、静は外でビラを配っていたが、地面にぶちまけた」
「そうね」
「じゃあ、おかしいだろ」
「……いや、何が?」
「あいつは事件発生時間、校内を回っていた。だが、もしそうならなぜ同時刻に外にいた静の姿を見ることができる?」
「あっ……」
そうだ。校内にいながら外の出来事を把握することなどできないはずだ。
「窓から眺めれば出来るかもしれんが、あれだけの人数の中から特定の人物を見つけるのは難しい。しかも、静はビラをばら蒔きその回収をするため屈んでいたはずだ。屈めば間違いなく人混みに紛れて姿が見えなくなる。だったら、なぜ渡邉は静がビラを回収しているのを見ることが出来たのか」
「……すぐ近くにいたから」
「そうだ。校内にいると言っていたが、実際は外にいた。そして、声からもそれが判断できた。校内にいる、と喋った時あいつの声には焦りのようなものを感じた。あれは人に知られたくない時に出る感じのものだ。そこからあいつが嘘をついていることが分かったが、内容は今指摘したもの。つまり、外にいた渡邉には犯行は無理だ」
次々と紡ぐ蜷川の指摘に私は驚きを隠せなかった。まさか、たったあれだけのやり取りでもう一人の容疑を外すとは。
「でも、何で渡邉君はそんな嘘を?」
「それが分からん。なぜそんな嘘をついたんだ? 普通に外にいると言えばいいだろ。その方が容疑からも外せるのに」
「だよね? なんでだろ?」
う~ん、と蜷川と伊賀先輩が唸り始める。
おいおい、伊賀先輩はともかくとして。蜷川、何であんたは唸ってるのよ。モロ分かりじゃない。それとも、こういう恋愛関係は鈍――そうだな。
「じ、じゃあ、残りの相川先輩と長谷川先輩が怪しいんですか?」
りっちゃんがおずおずと切り出した。
「ああ。あの二人も同様に嘘をついてる」
「どこを?」
「まず一人目の相川芳樹。あの人は事件発生時に校庭の休憩スペースに見回りに行っていたと言うが、あれは嘘だ。あいつはその場にいない」
「何で分かるのよ?」
「渡邉という男と同じだよ。声に焦りが含まれていた。カマをかけてみたが、見事に的中した」
「カマ、ってまさか、あの校庭での喧嘩の事?」
「ああ、そうだ」
喧嘩なんかあったかな? と思っていたが、嘘だったのか。どおりで知らないはずだ。
「あれ? でも実際なかったんでしょ? でも、相川先輩も喧嘩なんかなかったって言ってなかった?」
「あの相川ってやつ、賢いぞ。自分がその場にいない時、『○○があったよね?』と聞かれると、大抵のやつは『あった』とそれに便乗する。自分の嘘を悟られたくないがために、相手の口に合わせてしまうんだ。しかし、相川ってやつは乗ってこなかった」
「だったら、相川先輩は嘘をついていないんじゃないの?」
「だから賢いんだ。嘘つきの特徴は二つ。一つは相手に合わせてカモフラージュする。二つ目は自分の意見を押し付けて事実をねじ曲げようとする、の二つだ。前者よりも、後者の方が知られたくないという気持ちが高いんだ。そんで、その匂いがあの相川ってやつから漂ってきた」
なんか感覚論を伝えられているので大半は理解不能であったが、要は相川先輩は嘘をついているということだろ?
「そして二人目の女も同じだ。事件発生時、どこにいたか分からないと言っていたが、間違いなく場所を覚えている。あっちは開き直りタイプで、バレたらバレたでいいや、という感じだな。何がなんでも知られたくない、というわけではなく、ほんの遊び程度と考えていたかもしれない」
なるほど、開き直りタイプという内容には納得できた。長谷川先輩の態度がまさにそれを如実に現している。
「だが、あくまで嘘だけを取り上げたまでだ。内容までは判断できない」
「いや、充分よ」
伊賀先輩が蜷川を労う。
まず開始した二年生三人から話を聞く。そしてその結果、一人の生徒が嫌疑から抜け出し、三人から二人へと容疑者が減った。喜ばしいことだが、まだ三年生がいる。浮かれるわけにはいかない。
「二年生は二人、と。三年生はどうなるかな?」
「明日もやるんだろ? だったら明日以降分かるだろ」
「それもそうか。じゃあ、また明日昼休みに聞き取りにいきましょ。明日もよろしくね」
解散、と伊賀先輩が手を叩いて終了する。
今回は三人から二人と減ったけど、三年生は五人いる。まさか五人から四人になったとかはないよね?
軽い不安を抱えながら、入り口ドアへと向かう。だが――。
「こら、お前。何勝手に帰ろうとしてるんだよ」
いつものように蜷川に止められてしまう。しかし、このあと訪れたのはいつも通りの風景ではなかった。
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