調査結果

 三日後。


 白峰学園は通常の授業を再開していた。いつものように先生が説明しながら板書し、私達生徒はそれをノートに取る。どこにでもある風景が目の前で行われていた。だが、少し空気が重いような気もする。いつも通りの風景でも、いつも通りの心境とはいかないみたいだ。それも無理ないことだろう。


 一人の生徒が亡くなったのは悲しいが、だからといって何日も授業を休んではいられない。私達一年生ならまだしも、三年生はもうすぐ受験だ。一日足りとも無駄にはできず、勉強に励まなければならない。人数の多さで天秤に掛けたくないが、一人の死に対して三年生二百人近くの将来を考えれば、学校側としてはどうしても後者を優先してしまうだろう。忘れているわけでも見捨てたわけでもない。だが、構図だけ見ればそのように捉えられなくもなく、どこか寂しい気持ちが心に残っていた。


 授業終了の鐘が鳴り、先生は教科書を閉じて次の授業内容を一言告げると教室を後にした。それから、クラスのみんなが各自昼食を取り始める。机で弁当を開く者、学食へ向かう者、他クラスの友達と食べるため弁当を持って出ていく者と別れていく。


 そんな中、私は机に顔を伏せていた。


「どしたの、由衣?」

「……疲れた」


 黄色に布に包まれた弁当を持った明里が、声を掛けながら前の席の椅子を引き寄せる。


「この程度の授業で疲れるとは軟弱者め。私は起きてちゃんと話を聞いてたよ」

「嘘つけ。開始十分で飽きてノートに落書きしてたじゃん。見てたよ」

「ら、落書きじゃないもん! アートだもん! キューちゃんは私の友達だもん!」


 キューちゃんって何よ。しかも、授業聞いていないこと否定しないし。


 呆れながらも、いつも通りの会話に気分が少し楽になり、私も身体を起こして鞄から弁当を取り出し、二人で食事を始めた。


「んで、何でそんなに疲れてんの?」


 玉子焼きを掴みながら明里が尋ねてくる。授業で疲れたわけではないことは彼女も理解しており、近くに人がいないことを確認し、小声で私は答える。


「いや、この三日間一年生の文化祭実行委員を探したじゃん」

「やったね。でも、みんな誰かしらと一緒にいたからアリババはあったじゃん」

「アリババじゃない、アリバイね」


 この三日間、私と明里、りっちゃん、蜷川と四人で一年全クラスを回り、話を聞いてみたのだ。伊賀先輩は二、三年をやってくれると言い、一人では負担が大きいので人数を均等に割り振った方が良いのでは? と提案したが「一年生同士の方が気楽でしょ?」と言われた。りっちゃんはともかく、蜷川は正直いらないと思ったが、それをいいことにサボらせるわけにもいかないので、了承して行動に移ったのだ。


 休み時間、昼休み、放課後に教室に向かって文化祭実行委員を呼び出すが、いきなり犯人探しをしているとは言えないので文化祭で落とし物をした、何か預かっていないか等と始め、そこからうまく誘導して事件があった時間のアリバイを聞き出した。その結果、一年生は全員シロと判明。どうやら、一年生は初めての文化祭に慣れるため、二人一組で常に行動するように指示されていたようだ。


 これを各クラスで行ったのだが、足を運び話を聞く行為は思っていたよりも疲労が溜まった。慣れない行動に気疲れしたとも言えるが、今私が抱えている疲労感の大半は別のものだ。


「なんで毎日録音されるのよ!」


 自然と箸を強く握ってしまう。


 そう。聞き込みをした後、必ず蜷川に私の声を録音させられたのだ。それも一個や二個じゃない。何十個という数の台詞を言わせられたのだ。


「蜷川君、なんか舞台監督みたいだったね」


 さすがの明里も抵抗があったのか、軽く苦笑いしている。


 放課後の聞き取りをした後に教室で台詞を言わされたのだが、一文字単位で指摘された。台詞の入りは高めだの語尾は下げるだの、ここは『や』じゃなくて『にゃ』に近いだの。このキャラクターを知らんのか? 知るわけないだろ。


「声が好きならその声優が出てるアニメでも見てなさいよ。何でわざわざ録音しなくちゃならないの!?」

「それは蜷川君、言ってたじゃん。オリジナルが欲しい、って」


 明里の言う通り、蜷川はこう言っていた。

 

『アニメだと決まった台詞しか言わないだろ。何回映像を流そうが、名前だってそのアニメの登場人物名しか言わない。だが、俺はオリジナルが欲しいんだ。このキャラにこの台詞を言ってもらいたい、自分の名前を呼んでほしいとか、そういうのあるだろ?』


 知らねぇよ、そんなこと!


 思い出すと腹が立つ。思わず机を叩き、弁当が一瞬空に浮く。数々の無茶ぶりに逃げ出したい所だが、依頼をお願いし条件を飲んだのは自分だ。拒否するような無責任なことはしたくない。


「もういや。早く犯人見つけてこの地獄から解放されたい」

「あはは。そういえば、伊賀先輩の方はどうなんだろうね」


 一年生に犯人がいないとなれば、残りの二、三年生の中に犯人がいることになる。だが、問題はどれくらい候補がいるかだ。


「一応、今日が報告を受ける日だけど、三日でたった一人で回れるかな?」

「大丈夫って言ってたから、大丈夫じゃない?」

「いや、そうかもしれないけどさ。結果がどうなってるのかも気になるし……」

「それも放課後に分かるでしょ。今はご飯食べようよ。食べないと午後を乗りきれないよ――スキアリ!」

「あっ! 私の唐揚げ!」


 事件の話は終わり、明里との弁当のおかずの取り合いが始まる。

 

 一年生全員がシロという結果に、二、三年生も犯人候補も少ないだろう、と心のどこかで考えていたかもしれない。多くても二、三人だろう、と。


 だが、放課後伊賀先輩からの報告に私は愕然した。

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