準備
「……ねぇ、やっぱり止めてもいい?」
「ダメに決まってるでしょう。ほら、早くして」
「でも、私じゃ無理だよ……」
「大丈夫!
「う、うん……」
躊躇い渋んでいる私のお願いもクラスメイトで親友、
凹凸のついたそれは歪でありながらも球体の形をしており、一部に直径30センチぐらいの穴が開いている。そこに私は頭をスッポリと入れた。一瞬視界がなくなるが、首まで下ろすと目の位置に二つ小さくまた穴があり、そこから明里の姿が見えた。すると……。
「キャー! 可愛いぃぃ!」
パン! と手を叩き明里が奇声をあげた。それからホラホラ、と彼女が側に置いてあった大きめの鏡を私の前に差し出す。そこには……。
カボチャのお化けが佇んでいた。
「……ふ」
「ふ?」
「ふざけるなぁぁ!」
渾身の怒りをぶつけるように、私は被っていたカボチャの頭を取り、床に投げつけた。
「ああっ! ボッチャンが!」
ボンボンとバウンドし、コロコロ転がるカボチャの頭を明里が慌てて取りに行く。
「ちょっと由衣、大事に扱ってよ。マリちゃん達が一生懸命作ったのよ? しかも、ウチのクラスの大切な宣伝マスコットなんだから」
傷やへこみがないか確認しながら明里が戻ってくる。私は自分の愚かな姿に怒りを露にし、はあはあ、と息を切らす。それから自分がいる教室を見渡してみた。
現在時刻10時半。本来なら高校生である私達は先生の授業を聞いて勉学に励んでいるはずだが、誰一人として机に座り勉強をしている者はいない。それどころか机一式は教室の後方に寄せられている。なぜなら、今週の土日に開かれる我が白峰高校の文化祭の準備をしているからだ。
毎年行われる白峰高校の文化祭は土日の二日間に渡って開催され、私立の高校ということもあり敷地はそれなりに広く、ちょっとしたお祭りぐらいの規模で開かれる。そのため、白峰高校は開催の3日前から授業を止め、文化祭の準備に費やすのだ。
その規模と活気は地元では大変好評で、何年か前に市のイメージプロモーションに採用されるぐらいだ。制服はブレザーでネクタイは朱色と黒色のチェック柄。男子は灰色のズボンに女子はネクタイと同柄のスカート。その可愛らしさと大人な雰囲気も選ばれた理由ともされ、毎年入学を希望する生徒が年々増加傾向にある。
これからの後輩、そして現在の白峰高校の良さをアピールする機会でもあることから、全学年やる気に満ち溢れている。当然、我がクラスも例外ではない。クラスメイトのみんなが各自与えられた仕事を忙しなくこなしている。床で看板の制作をする者、教室の窓や壁に飾りつけをする者。授業を受けない喜びも含み、仲良く笑いながら楽しそうに作業をしている。
私を除いて……。
「納得いかない! 何で私がこんなことをしないといけないのよ!?」
「何でもなにも、くじ引きで決まったからじゃない」
今更? というように明里が眉をひそめる。
私達のクラスは喫茶店を開くことになっており、それもなぜかハロウィン喫茶という化け猫やドラキュラという化け物が切り盛りする喫茶店をすることになった。割り振りはくじ引きで決めることになったのだが、その結果、私は店を宣伝するマスコット役を引き当ててしまったのだ。明里はそのサポート役。
「そうだけど、よりにもよって何でこの役なのよぉぉぉ!」
私は嘆きながら自分の姿を今一度確認してみた。
紫を基調としたワンピースを着ており、首元はビーズであしらわれた飾り、胸元には結ばれた可愛らしい赤いリボンが取り付けられている。膝辺りで軽くフワッと広がり、見た目はハロウィンの魔女のような格好……まあ簡単に言えばコスプレである。
「うう、これはちょっと恥ずかしいよ……。そもそも、私こんな派手な服着たことないんだよ~」
「大丈夫、似合ってるよ」
怒りが収まるにつれ、今度は恥ずかしさが募ってくる。頬に熱が集まるのを感じながらも、明里はグッ、と親指を立ててこちらに突きだしてきた。楽しそうな彼女と対称に私は膝を擦り合わせ、モジモジとしてしまう。なるべく見せないよう身体を縮こませるが、そんなことをしてもこの格好を隠せるわけがない。
「だいたい、普通こういうのは男子の役割じゃないの?」
「いやいや、男子がスカート穿いてとか気持ち悪いから。脛毛ボーボーじゃん」
「いやいや、そこはちゃんとズボンにするから」
「いやいや、待てよ……それはそれで目立つかも?」
「いやいや、あり得ないから。目立ちはしても気持ち悪くて客来ないから」
「いやいや、そこはこうして――」
「だぁぁぁ、うるさい! そこのいやいやコンビ! 喋ってばっかいないで仕事しろ!」
明里といやいや言い合っていると、クラスのまとめ役の委員長、
「んで、どう? 実際着てみて。どこかきつかったりしない?」
「大丈夫、ちょうどいいよ」
身体を捻ったり腕を回したりするが、窮屈さは感じられない。宣伝をするため校内を歩き回るのだから、あまりきつすぎても動きづらいだけだ。
「ボッチャンの方は?」
「うん、もう一回嵌めてみる――って、さっきも言ってたけど、ボッチャンって何?」
「このマスコットの名前」
「名前付けたんだ……」
「当たり前じゃない。名無しなんて可哀想じゃない。カボチャのお化けだからボッチャン。どう? いい名前でしょ?」
「だったらカボチャンでいいじゃん。何でそうしなかったの?」
「それじゃあ、ありきたりでつまんないじゃん」
カボチャンもボッチャンも大して差はないような気もするが、言ったら言ったで面倒になりそうなのでスルーする。そして、私はボッチャンを再び顔に被せた。
「目の位置はずれてない?」
「う~ん、ずれてはないけど、もう少し穴大きくできない? 少し視界が狭いんだけど」
「これ以上開けると顔のバランスが崩れちゃうのよ」
目の部分は三角形にくり抜いているのだがその大きさは小さく、ほぼ正面しか見ることができない。三人が並んだら端の二人の半身は見えないぐらいだ。
まあ、このままでいくしかないか……。
あまり我儘を言うわけにもいかない。明里の言う通り、クラス全員の衣装を担当するマリ達が毎日遅くまで時間を費やして作ってくれたのだ。もちろん、衣装に関しては一から作ったわけではなく、各自手持ちの服を使用したり知り合いからの貰い物を利用しているが、それでも四十人全員の衣装を手掛けるのは相当の労力だ。ただ着て歩き回るだけの私が細かく文句を言える立場ではないだろう。
他にもどこか異常がないか確認していると、パシャ、という音が聞こえ、見上げるとスマホをこちらに向けている明里がいた。
「ちょっと、何勝手に写真撮ってんのよ!?」
「もちろん、記念に」
「消しなさい! 今すぐ!」
明里に組み付こうと手を伸ばすが、頭のカボチャが邪魔で思うように定まらず、そして動きづらい。簡単にヒョイヒョイ避けられる。
えぇい、脱ぐしかない。
そう思ってボッチャンに手をかけたが、寸前のとこで動きが止まる。
「あっ、しまった~」
「何よ?」
「これじゃあ由衣って分からないや」
残念そうに明里がこちらにスマホを向け、画面にはボッチャンに扮装した私が立っている。そりゃそうだろう。頭をスッポリ覆い隠す程の大きさであり、一度被れば中身の人間は誰だか判断できない。
「よし、由衣。それ脱いで脇に抱えて。それでもう一度――」
「イヤに決まってるでしょう!」
先程とは立場が逆で、明里が私に迫りボッチャンを脱がそうとしてくる。今度は必死でボッチャンを掴んで抑える。
「大丈夫だよ、お嬢さん。怖いのは最初だけだから。慣れてしまえば大したことないよ。さあ、おじさんにすべて任せたまえ」
「アンタはどこのスケベじじいだ!」
グググッ、とお互いがせめぎ合っている。
パン! パン!
すると2回何かを叩く音が響き、頭に少し震動が来た。何だ? と思っていると明里が頭を押さえながら左を向いているので、私も釣られてそちらに顔を向ける。そこには紙束を丸めた委員長が立っていた。
「アンタたち……私、さっきも仕事しろと言ったよね?」
「あっ……」
ポンポンと手のひらに当て、眼鏡の奥の鋭い目が私達を見据えている。
「他のみんなは休まず作業しているのに、二人は随分と呑気に喋っているのね」
「ご、ごめんなさい」
「すいません」
「罰として峰岸さん、あなたは買い出しに行ってきなさい。その後、看板製作の手伝いを」
「え~? 買い出しはさっき担当が行ってきたじゃない」
「その人達がいくつか買い忘れた物があったのよ。あなたはそれを買ってきて」
「それ、買い出し担当の責任じゃ……」
「だからよ。あなたには一切関係ない。だから罰なんじゃない」
「でも、買うお店って結構遠いよね? か弱い私じゃ途中倒れちゃ――」
「まだ駄々をこねるなら看板製作に衣装の製作、それから各時間帯のシフトの割り振りを――」
ヒュン、と一瞬目の前を影が横切り、教室のドアが開く音が聞こえた。それからダダダッ、という駆ける音が遠退いていく。余計な仕事を押し付けられる前に明里は買い出しに行ったようだ。
「さて、あなたはどうしようかしら?」
委員長の標的が私に向いた。真っ直ぐ見据えられ、逃げも隠れもでき――あっ、ボッチャン被っているから隠れてはいるのか。
「じゃあ、私も何か手伝います」
「ちょっと待って」
観念してボッチャンを脱ごうとしたが、委員長にそれを止められた。
「あなたはそのままでいいわ」
「えっ?」
なんと! まさか私はお咎めなし? ラッキー!
そんな風に嬉しく思っていたら、胸に何かを押し付けられた。
「何、これ?」
「プラカードよ。本番当日にあなたが持って歩く」
渡されたプラカードは木の棒に、黒い画用紙で包まれた四角いダンボールが板の部分に付いている。安易な作りだが、とても軽い。そこにはでかでかと『ハロウィン喫茶 お化けのスタッフがおもてなし!』と黄色い字で書かれている。
これを持って当日廻るのか……。
先程確認したカボチャの姿にこのプラカードを持って校舎を歩く自分を想像して、深い深い溜め息がでた。
「じゃあ、いってらっしゃい」
「……は?」
聞き間違いだろうか。今、いってらっしゃいと言われたような。
「だから、いってらっしゃい」
「……いってらっしゃい、って何処に?」
「校内よ。その格好で1階から4階までぐるッと廻ってきなさい」
……。
……。
ヒィィィィ!
「いやいやいや! 無理よ! 無理無理!」
「無理じゃないわよ。あなたはそれが仕事でしょう?」
「それは文化祭当日の話でしょ!? 何で今行かなきゃならないのよ!」
「予行練習よ。それ視界が狭いんでしょ? 頭の被り物で周りとの距離感も分からないだろうし、ちゃんと歩けないと危ないでしょ」
「そりゃあ、そうだけど……。でも、今は他のクラスや学年の人達がいてこの格好を見られるのは――」
「何言ってるの? 本番はもっと大勢の人が来て見られるのよ? それも生徒の何倍の数の人達が。たかが数百人程度で恐れてどうするのよ」
それはそうだが、準備中と本番では向けられる目線の意味が違うだろう。今校内を廻っても、お客さんである一般の人がいないのだから当然宣伝にはならない。これじゃあ道化、ただの笑い者――。
まさか……。
「ねぇ」
「何?」
「これって、ただ私が恥ずかしい格好を晒しているだけじゃ?」
「あら、気づいちゃった?」
「やっぱりか!」
私の判断は正しかった。危うく委員長の説明に納得しかけたが、なんて酷い罰なんだ。これは明里よりも重い刑では?
「でも、あながち嘘でもないでしょ? 今は準備中で人が忙しなく行き交っているし、人混みの中を歩くいい練習になると思うわ。それに、あなたぶっつけ本番でいきなり宣伝して廻れる?」
そう言われると素直に出来るとは頷けなかった。たしかにこのボッチャンの視界は狭く、自分の足下はよく見えない。当然だが、学校は平坦の廊下だけではなく階段だってある。毎日通い、いつも歩き慣れているとはいえ、そこでは上り下りの際には注意が必要だろう。少し慣れていた方がいいのかもしれない。
恥ずかしさもあったが、踏み外して怪我をする方の怖さが勝り、結局校内を歩くことを決意した。
「じゃあ、練習も兼ねていってきます」
「気を付けてね」
そうして私は我がクラスのマスコット、ボッチャンに扮して教室を後にした。
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