角(つの)

瀬田 真赭

第1話

僕は小鬼。


家族でひとりだけ角が生えてるから、兄ちゃんからそう呼ばれている。


兄ちゃんは酷い。


僕が小鬼だからと、ご飯を取ったり、足を引っ掛けたりする。


今日は友達と一緒だからと石を投げてきた。


もう怒った。


僕は家出をした。


兄ちゃんなんか、兄ちゃんなんか。


涙でよく前が見えないまま、ずんずん歩いているうちに、どんどん日が暮れていったようだった。


気が付くと、神社のお化け灯篭が、夕闇に立っていた。


どうしよう。


子供は夜に来てはいけない場所だ。


「兄ちゃ…」


声を上げかけて、ぶんぶん首をふった。



「何だい、今度の若いセンセイは変わったものを飲ませるんだね」

ふと、お化け灯篭の向こうから声がした。


若い…男?女?


そうっと覗いてみると、手前に若い男、

「まぁそう言いなさんな…残さずちゃんと呑むようにってことでさぁ」


そして、


大きく覗き込んだ向こう側には━━


竜、がいた。


正確には、頭から竜の角を生やした、着流しの男が立っていた。


ゴツン。


小鬼はうっかり転んでしまい、その音で二人に見つかってしまった。


「あら、大丈夫かい?」

竜の男が声をかける。


「じゃあ、あっしはこれで」


連れの男がさっさと立ち去っていった。


「何だい、薄情だね」

竜の男が呟いた。


「さぁ、こんなに遅くまで外にいるものではないよ。立てるかい?」


立ち上がった小鬼の後ろをそっとはたいてやりながら、

「送っていってあげるよ。家はどこだい?」


小鬼は右手を竜と繋ぎながらも、左手はバツ悪そうに垣の枝を弄んでいた。


帰るしかない━━でも、帰ったら…。


「大変。兄ちゃんがおじさんにも石を投げるよ。今日僕に角があるからって、石を投げてきたんだ。だから、もうここでいいよ」


そう言うと、竜の腕を振りほどき、道の先の角に走って行った。


竜が後を追うと、角を曲がった3軒目で、「ただいま」と声がしていた。



家では小鬼が帰ってこないのを、いつも以上に心配していた。


兄が彼に石を投げたことを正直に母親に話したからだ。


「で、悪いと思ってるの?」


泣き出しながら話す姿に母親が尋ねる。


「もうしないよぉ。でも小二太が帰ってこなかったら、どうしよう」


そんなら弟が帰ってくるまで、あんたも罰で外にいなさい。と、母親は兄を庭に締め出した。


そうこうしているうちに、弟が帰ってきたのだ。


ホッとしたのも束の間、垣根の向こうに、弟より立派な竜の角が見えた。



「小鬼を…小二太を連れてくのかっ」


裏庭の垣根から、必死に首を伸ばして、兄…小太郎が言った。


「どこにも連れてかないよ━━いい子だね」


振り返らずにそういうと、そのまま竜は帰っていった。


「俺はいい子なんかじゃないんだ」


そのまま小太郎は泣き出した。


「兄ちゃん、中に入っていいって」


中から小二太の呼ぶ声がした。

顔を上げるともう、竜の姿はどこにもなかった。



それから小太郎は、小二太に優しくなった。


友達にも、石を投げるようないじめを止めさせた。


小二太は小二太で、まだ恐くない昼間のうちに、お化け灯篭の方へ向かうことが多くなった。


そこで竜に再会したいのだが、昼間は寄り付かないらしく、なかなか上手くいかないらしい。


小太郎は、そんな様子を、内心ホッとして見守るのだった。


     ― つづく ―

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角(つの) 瀬田 真赭 @masohoks

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