第4話 白虹城

 コウ国の城は白虹石で築かれていることから『白虹城はくこうじょう』と呼ばれている。白く美しい巻貝を思わすその城は、いくつかの謎を秘めていた。


 先ずその城を訪れた者が不思議に感じるのは城から背後の香深の森に伸びている渡廊下の存在だろう。ゆるやかに伸びるアーチ状の廊下の、その先が見えないのは森の闇にまぎれてのことのように思えるが、しかし、よくよく目を凝らせば実はそこには何もないことが分かる。


 常識で考えれば、渡り廊下とは隣り合う別の建物と往来するための、架け橋のような存在のはずだ。しかし、この渡り廊下は中央のカーブが一番大きな箇所でぷつりと終わっている。それは途中で造るのをやめて放置してしまった、というよりは完成した後、巨大なスプーンでそこから先の建物ごと根こそぎ掬い取ってしまったような感じだった。


 空中で止まっている無意味な存在の渡り廊下だったが、この城の主である王はそれを取り壊すつもりはないらしく、森から伸びてくる植物に侵食されるに任せていた。

 

 噂によると、この渡り廊下。

 いつか森からやってやってくるはずの『大切な客人』を城へ招くための廊下なのだというが、その真相は定かではない。


 この城の不思議はこれだけにとどまらない。


 白虹城は、大国であるコウ国の王城にしてはこじんまりとした小さな城だ。

 だが、その認識は城の扉が開いた瞬間から間違いであると気付かされる。小さいとばかり思い込んでいた城の奥行は気が遠くなるくらいに広い。ずっと彼方まで伸びる長い廊下と高い天井。そしてそれらを彩るのは、この国の歴史や伝説を描いた美しいステンドグラスの数々だ。


 目に映るすべてのものが見事で、不可思議。

 勿論、それらには仕掛けがあった。


 コウ国には、国から認められた国家魔術師や国家呪術師という者たちが古くから存在した。

 彼らはその忠誠心、あるいは出世や示威のため、『城と王族を外敵から守る』と称し、城の要所要所に防御魔術や攻撃魔術、呪いや秘密の仕掛けなどを、子孫代々に至るまで張り合うようにして掛け続けた。現代においてはさすがに無断で術を掛けることは禁じられたが、そのせいで城はおかしくなっていったのである。それらは時を重ねるにつれ、微妙なズレが生じ、より複雑になり、城内は迷宮と化してしまった。


 城の外観と実際に感じる距離感の違いなどというのは序の口だ。

 手に触れられるからそれが現実に存在する、と思うことすら錯覚という、不可思議な状態がこの城の常識なのだった。


 城の至るところに不意に現れる扉や階段、どこに続くか分からない廊下の向こうの深い闇や落とし穴などが存在し、城内は常に危険に満ちていた。仕掛けが現れる場所は毎回変わり、それがいつどこに現れるかは誰も予測できない。

 それは害意を持つ敵が城内に忍び込むのを防ぐには有益なのだが、残念なことにこの仕掛けは人を選ばないため、城の住人にすら危険にさらされてしまうという欠点があった。


 そのため、城には『城内案内人』というこれもまた不思議な者たちが存在した。

 彼らは危険回避の鋭い感性を持ち、城の住人はもとより、正式に城に招待された客人を目的の場所まで安全な道を選び導いた。

 『城内案内人』は、あえて呼ばなくても、必要とする者の傍に音もなく現れ、「なんなりと御用を」と低い声で囁くように言い、静かにひざまずくのだった。

 彼らが何人いるのかは王ですら把握していない。皆同じ黒装束で、顔も頭巾で覆われているため、判別がつかないのだ。それはまるで闇のような存在だった。


 その闇が今、アルコの足元にも静かに跪いた。

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