第3話 魚のぞきの婚礼

「あの娘は……?」

「魚のぞきに憧れているのでしょう。今朝はあの娘ひとりきりのようですが、木立の間に数人の娘の姿が見える日もあります。

 魚のぞきの美しさは神秘的。経験の浅い若い娘たちはそういうものに強く惹かれるようでございます。アルコさまもお気をつけくださいまし」

「私はそんなつもりはありません」


 否定しながらも頬が熱くなるのをアルコは感じたが、それをあえて無視して言葉を続けた。

「つまり、彼にはいくらでも花嫁候補がいるということですね」

「はい。魚のぞきの婚礼は変わっております」


 サラサは効果的に間を置くと、ゆっくりと話しを続けた。


「ある時、あのような娘たちの中から、一人が選ばれ、魚のぞきの部屋に招かれます。娘がそれに応じ、城に赴けば婚礼は成立します。娘の親族は大抵の場合、反対しますが娘が魚のぞきの部屋に入ってしまうともう二度と出てくることはありませんし、また親族の者も連れ戻したくとも城には入れませんから、理不尽なようですが、結婚を認め、娘を諦めるしかないのですよ。それが魚のぞきの一族が代々行ってきた婚礼の形です」


「……城の中に親族は入れないのですか」

「はい。魚のぞきは間違っても花嫁を奪い返しに来る親族を自分の部屋に招いたりはしないでしょうから。……アルコさまもご存じのはず。この白虹城は招かざる客は一歩たりとも城の中には入れません」

「それは存じておりますが、しかし、自分の娘に会えないというのは……」


 考え込むアルコをしばらくサラサは無言でみつめていたが、不意に微笑むと言った。

「お会いになりますか」

「え?」

「お望みでしたら、あの魚のぞきに会うことは可能です。ただし、魚のぞきは先ほども申しました通り、城にいてお堀の魚を見張っていなくてはなりません。外に出ることはできないのです」

「では、私が」

「そうです。あなたさまが、魚のぞきの元に参ることとなります。勿論、招待されて」


「招待してもらえるのでしょうか」

「あなたさまはイエン家の庇護下にある大切なお客人。魚のぞきは勿論、この城に住まう王族でさえもイエン家の望みとあれば必ず受け入れ、招待するでしょう。

 さて、どうなさいますか? アルコさまが望まれるのであれば、わたくしがあるじにお話しを通しておきますが」


 アルコは肩越しに青年を振り返った。

 遠く、お堀に張り出したバルコニーにいるその姿はもの悲しくも美しい。


「何かお知りになりたいことがおありでしたら、アルコさまが魚のぞきに直接お尋ねになればよろしいでしょう」


 サラサの言葉には皮肉の響きがあったが、それをアルコは耳元で受け流すと小さく頷いた。会ってみようと思った。あの魚のぞきに。

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