第11話
地下道脇の扉から入った先はビルの地下室だった。フロア表記を見るとB4とある。そこから階段を使い当然上へと移動する。
そのまま地上に向かうかと思ったが、なぜかB3のマシンルームへ向かう。マシンルームはカードキーと掌形認証が必要だが、婆さんは難なくマスターキーを使って開けた。それだけじゃなく開放したままにしておく。おそらく監視センターには警報が鳴ってるはずだが知った事ではなかった。先輩を背負ったままの僕は婆さんの指示に従ってそのままマシンルームの奥に入る。
先輩を床に下ろして、僕も床に座り込んだ。汗と涙と鼻水で顔がぐしょぐしょになっている。火のようになっている肺と喉が大量の酸素を欲しがって呼吸が荒くなり、涙と鼻水がさらに増える。
「いまのうち!息!」婆さんが叫ぶ。
婆さんが僕らをここに連れてきた理由はすぐにわかった。
敵がマシンルームに入ってきた。階段から点々と続く血に濡れた足跡を追ってきたのだ。待ち伏せを警戒して入口から内部の様子を伺って、そして銃を構えながら一気に突入。3人で1小隊。前方と左右と後方に注意しながら一歩一歩進む。訓練された軍人の動きだ。
しかし、婆さんの策は辛辣だった。開放されたままのドア自体がトラップで、タイマーの振動によりストッパーが外され自動的に閉まりロックされた。それと同時にもの凄い音を立てて天井から二酸化炭素ガスの大量放出がはじまった。婆さんが直接消火装置のパイプを破壊したのだ。マシンルームは火災時の水損を避けるため二酸化炭素消火装置が設置されている。通常ならアナウンスが入り、人間が避難できる猶予時間が過ぎてからガスは放出されるが、婆さんはパイプを直接破壊したため警告抜きで二酸化炭素ガスが放出されたのだ。短時間での消火を目的とした二酸化炭素ガス放出は、この密閉された部屋から酸素を奪うため人間も長時間活動できない。逃げ出そうとした敵3人は、1人が途中で倒れ、2人が扉を開けようとしたがカードも鍵も無い彼らには開けられず、ドアに数発発砲したが防火扉は開くわけもなく、しばらくしてガス噴出音だけがマシンルームを支配した。
僕らは、婆さんが清掃用具置場から持ってきていた大型の透明ビニール袋を頭から被ったまま、声もあげることなく座り込んでいた。本当は悲鳴をあげたくなるくらいに怖い。部屋中に死が充満している。でも少しでも動くと、袋の隙間から死が入り込んでくるおそれがあるので動けない。僕の手をしっかり握り返してくる先輩の手の感触だけが、僕を正気に繋ぎ止めてくれている。ひょっとしたら、先輩も同じかもしれないが。
婆さんはガス噴出がやまないうちに動き出した。倒れてる3人の延髄を念のためナイフで突き刺し、死体から武器を奪ってからマスターキーで扉を開けた。二酸化炭素ガスは重たいから開放された扉から下の階に向けてどんどん流れ、この部屋の二酸化炭素濃度は低下していくはずだ。
婆さんが扉の前で合図した。僕はまた先輩を背負って歩き出す。2人とも袋をかぶったままだ。3体の死体をビニール袋越しに足元に見ながら、僕らはマシンルームを出た。
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