第9話
僕らは壁際の太いパイプ束の下に転がり込む。
即座にグロックを抜き階段上に向かって応射する先輩。
階段の上からは火線が飛んでくる。狭い地下道の空間に火薬の匂いが充満してきた。
訓練で銃を扱った事はある。けど、今は僕が銃で狙われている。撃たれる立場になっている。怖い!死ぬのか僕は! 泣き叫んで飛び出していきたい衝動が湧き上がってきた。
「キミ、よく気づいたわね」
狭い空間で密接している先輩の声が耳元で聞こえてきて、僕の精神は狂気の底への転落を寸前で免れた。
「ナ、鼻イイはイイ」
「いや、敵もさすがにタバコ吸ってたわけじゃないんだろうけど、体臭というか呼吸かなヤニの匂いがしてきて……ちょっと待って先輩!この匂い!まさか!」
「あ、やっぱり気づいた?」
先輩のタイトスカートの奥から血の匂いがする!
「ドジったな……ねえ、変な誤解しないでよね」
先輩は眉間にシワを作りながらきわどいジョークを言った。先輩の額には脂汗が浮かび、顔色は蒼白になってくる。
「動脈は外れてくれたみたいだけど……」
僕はパニックになりかけていた自分を恥じた。先輩はおそらく大腿部を撃たれたんだと思う。なんとかしてこの窮地を脱しなくては。先輩を助けなくては。しかしどうやって? 考えている間にも銃弾はパイプやコンクリートを容赦無く穿ち続け、有効な反撃手段が思い浮かばない。おそらく階段上に敵は2人はいる。僕1人でどうやって倒す? 僕が突撃して敵2人を差し違えながらも倒せたら先輩は脱出できるだろうか?
「あー、アンタこれ」
緊張感の無い婆さんの声がした。パイプ下の狭い状況下で婆さんの方に首を向けると、婆さんはカートに入っていた大型の中華料理の調味料の缶を2つ突き出してきた。缶の口は2つとも4分の1ほど開けられ、小型の羊羹が突っ込まれていた。何故か100均のタイマーと一緒に。
僕は婆さんの意図を正確に理解した!
「何秒後!」
「すぐ!」
僕は大型の缶2つを婆さんからひったくるように掴んでパイプ下から飛び出し、2つとも階段上目掛けて投げつけた! 銃弾への恐怖は無かった。そんなものよりも恐ろしいものは別にある!
投げつけた缶がどうなったかを見届けず、僕はパイプ下に飛び込んだ! 先輩の上に被さり、しっかりと先輩を抱きしめる!
次の瞬間、階段上からの爆発音が連続して響き、僕は衝撃波を背中で感じた。間髪置かず更に大きな爆炎が生じた! 熱風が身体全体を覆い、僕は先輩を強く抱きしめる。
間違いない。あの羊羹は擬装したプラスチック爆弾で、タイマーからの微電流で起爆した。密閉された缶の中で爆発したため爆破威力は倍化したが、それだけではなかった。缶の中身であるパウダー状の化学調味料が空間に飛び散り充満し、それが粉塵爆発を引き起こすという二段構えの攻撃だった。
階段の上から、この世のものとは思えない叫び声が数人分響いてきた。僕の下になっている先輩がギュッと目を閉じる。人間の形をした火の塊が手足をバタつかせながら落ちてきた。即座に婆さんが飛び出し、落ちてきた男の頸部をナイフで切り裂く。そのまま婆さんは階段を駆け上がった。10秒も経たないうちに全ての絶叫が消え、静寂が戻った。
熱気と焼け焦げた臭気、血の匂い。そしてこの状況にそぐわない中華料理店独特の調味料の匂いが地下道に充満した。
「次くるヨ! 後ろから! はやく行くネ!」
そうだ。グズグズしてはいられない。
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