第116話 またね




目を覚ますと、頭が痛かった。

いつもと違う部屋をぼんやりと見詰め、そういえば昨日は拓夢の家に泊まったんだっけと思い出す。

…あの後、泣き疲れて眠ってしまったのだろうか。

随分と恥ずかしい事をしてしまい、俺は思わず頬を染めた。


自分を抱き締めたまま眠っている拓夢を見ると、何とも言えない気持ちになる。

素直に喜べない。

俺は、手を離すタイミングを逃してしまったんだ。

優しいこの人を、また縛り付けてしまった。


悪い事だと解っている。

昨日彼の家族を見て、改めて自分とは違う生き方の中で育ってきた人だと認識した。

こんなに綺麗な人に、俺が触れて良い筈がないんだ。

愛してもらうなんて、本当は以ての外だ。


ごめんね。

心の中で呟く。

俺はその腕の中からスルリと抜け出した。




「………ん」


「あ、ごめん。起こした?」


「……いや、なに…かえるの?」



動いた俺の気配で目を覚ました拓夢。

どうやら眠りは浅いらしい。

寝惚けたまま俺に問いかけてきた。



「ん。帰る、学校の準備とかしてないし」


「んー・・・」



え。

拓夢は、そのまま寝てしまった。

…はて、どうしたものか。

帰らなければ、学校に遅れてしまう——暫く行っていなかった其処に、今日は行ってみようと云う気になれたのだ。


うーん。一応言ったし…よし帰ろう。

俺はさっさと立ち上がり、拓夢の部屋を出たた。

リビングに誰か居ないかと見てみたが、其処はもぬけの殻だった。

そりゃそうだ。現在の時刻は、5時48分。

こんなに早く起きる人は、早々居ない。



「……お邪魔しました」



そう呟きながら、リビングの扉を閉じた時。



「もう帰るの?」


「……っ!お姉さん…」



急に背後から話し掛けられ、驚いて肩がビクッと揺れた。

眠そうに欠伸をする彼女は、そんな事を気にしていないようだけど。



「…はい。学校の準備とかしなきゃなので」


「あー、そりゃそうか。うん。バイバイ、またね」



またね。

当たり前に言われた言葉に、一瞬息が止まった。



「…はい。お邪魔しました」



手を振るお姉さんを見ながら、俺は拓夢家の扉を閉めた。




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