第115話 、






「…指輪をするようになったんだ」



震える声で真琴は続ける。

頬を撫でると、其処は濡れていた。



「愛してるって、言ってくれたのに…一番大事って、言ってくれたのに…。一緒に生きていくのは俺じゃなかったんだ…」



苦しい。痛い。

こんなに悲しんでる真琴は、見た事がなかった。


きっと真琴にとって、ただ一人の存在が洋介さんだったんだろう。



「それなのに…!自分より大事な人を何で作ったのかって聞いてくるし…っ、も、やだ……」



胸にしがみついてくる真琴。

『もう嫌だ』

その言葉に、思わず息を呑む。

彼の言葉はあまりにも無神経だ。


そんな事、真琴だって彼に聞きたかっただろうに。

自分はどうして大事な人を作ったのか、詰め寄りたかっただろうに。



「……真琴…」


「……う……」



ぼろぼろ泣く真琴が苦しい。

自分の身体が鈍く重くなっていく感じがした。

あぁ、まただ。

俺はよく、人の気を自分に取り込んでしまう。


気が滅入っている人が近くに居ると、もれなく俺も同じ気持ちになり。

具合が悪い人が近くに居ると、もれなく俺も同じようになる。

他人に同調し過ぎる体質は、昔からだった。



「…真琴の思っている事は、我儘なんかじゃない」


「………っ」


「一番大事な人に一番大事にしてもらいたいと思うのを、止める必要なんかない」


「……う、ぁ……」



声を押し殺して泣く真琴を、俺はただただ抱き締めた。


家という帰る場所に、自分の居場所がないってどんな感じだろう。

沈んでいく思考の中で、俺はこの腕の中の温もりだけは手放したくないと、真琴の頭に顔を埋めた。




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