第101話 泊まらないか




おかえり。


おかえり、と拓夢は言った。



「……ただいま」



じんわりと、目が熱くなる。

ゆらゆらと揺れる視界の向こうでは、拓夢が困った様に笑っていて。



「そんな顔すんなよ。どうしようもない気持ちになるだろう?」



そう言うと拓夢は、俺の頭をわしゃわしゃと掻き混ぜた。


揺れる頭と、離れようとする手。

まだまだ縋りたい俺は、目の前の首へと腕を回す。

驚いて固まるその身体を無視して、目一杯抱き着いた。



我慢なんか、出来なかったし。

我慢なんか、したくなかった。

離れよう、馬鹿な事をした結果。

その枷が外れた今、湧き上がる感情を抑えられなかった。



好きだ、好きだ、すきだ。

確かに俺は、拓夢が好きだ。


誰と居ても、何処に居ても。






心の中は、どうしようもないくらい、拓夢だけだった。





「…こんな時間まで外に居て、怒られないの?」



ふと気になり、恐る恐る尋ねてみる。

ちらりと拓夢を見上げると、何故か目を逸らされた。



「…大丈夫」


「…本当は?」


「めちゃくちゃやばい」


「………」


「………」



やはりそうか。

俺は一人暮らしだから良いけど、拓夢には普通に家族が待っている。


きっと、物凄く心配しているに違いない。



「ごめん。今すぐ帰ろう」


「んー、あー・・・。あのさ」


「何?どうしたの」



身体を離して、出口へと歩き出す俺だったが。

後ろから拓夢の歯切れ悪い声が聞こえて、足を止め振り返った。


…どうしたのだろう。

頭をがしがしと掻く彼は、何だか落ち着きがない。



首を傾げていると、拓夢が一つ爆弾を落とした。





「…俺ん家、泊まらね?」




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