第102話 馬鹿みたいに酒を呑む
「やってられるか!」
俺は言葉と同時に、グラスを机に叩きつけた。
ガシャンと鳴り出す食器達。
ぐらぐらとする頭の隅で、何も溢れてはいない事を確認する。
「あー、もう…。弘樹、落ち着いてよ。ね…?」
隣から聞こえる、やんわりとした声。
肩を優しく撫でられ、手からグラスを抜かれた。
ちょっと待て。
それは俺の酒だ。
「希一、返せ。俺まだ呑むけん」
「んー、止めとこ…?」
「呑む!」
「うわぁ…。弘樹、めっちゃ酔ってんね…」
駄々をこねる俺を、優しく抱きしめる希一。
ぽんぽんと叩かれる背中のリズムが、心地良い。
こいつは、俺の幼馴染みだったりする。
途中で別々の高校になったが、連絡は取り合う仲だったので今も変わらず交流を続けている。
「もう…。急にやって来たりして、どうしたとさ?弘樹らしくなかよ…」
「うー」
そうなのだ。
俺は真琴の彼氏——はっきりとは聞いていないけど、絶対にそうだ——が真琴に電話をしている間に、そこから抜け出した。
そして、希一の家に転がり込んだという訳で。
俺は今、典型的な面倒くさい奴だ。
「…もしかして、真琴君と何かあったと…?」
「……っ!」
ぽつりと呟かれた、その言葉。
俺が恋い焦がれて仕方が無い、その人物の名前。
「…よし!弘樹、呑ものも!」
「ん」
戻されるグラスと、新たに注がれたビール。
希一は、俺が男子高校生を想っている事を、知っている。
彼自身も、男が好きで。
抵抗なく、この事を打ち明ける事が出来た。
最初——数年前は、彼の好きな人が男だとは思っていなかったんだけどな。
恋に悩み沈む俺を見て、希一がぽつりと呟いた。
——「俺ね、ずっとある男の人に片想いしとるとさね」——
その言葉に心底驚いて、目ん玉が零れるんじゃないかって位に目を見開いた気がする。
そして気付けば「俺も、男ば好きになった…」と告げていた。
その時、俺は思わず泣きたくなった。
ずっと誰かに言いたかった。
ずっと誰かに聞いてほしかった。
ずっと誰かに相談したかった。
彼奴は解っていたんだ。
俺が言う事も、俺のこんな気持ちも。
「一緒だね」と弱々しく笑った希一を抱き締めた。
その時から、俺らの会う回数は増えた。
俺が真琴を好きになってからは、更によく二人で話をして、馬鹿みたいに酒を呑んでいる。
希一は、もう何年も前から片想いをしているらしい。
俺達は、何て馬鹿なんだろうな。
報われない。
報われない片想いなんかを、してしまっている。
傷つく度に酒を呑み、そのまま寝る。
そして明日からも変わらずに、また届かない男の事を想っていくんだ。
「おやすみなさい」
目蓋の上を滑る、温かい手。
今日も俺は、沈むように目を閉じていった。
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