第87話 貴方の左手の薬指






俺がしばらく黙っていると、洋介さんが手を伸ばしてきて。


それを見つめていると、両手が頬に添えられた。



「…真琴」


「何ですか?」



彼が俺の事を『真琴』と呼ぶことは、少ない。

それに加えて、真剣な表情を向けてくる。


俺はその手を、拒否する事も出来なかった。

する気も、起きなかった。



「誰か、大切な人でも出来たの?」


「…え」


「私よりも、大切な人。…いつの間に作ったの?」







…どうしてその質問を、彼がするんだろう。







俺は、その質問に答える事もなく、無言で目を閉じた。



目を閉じていても解る、右頬にある金属の存在。


冷たい。冷たい。

それは、何の温かみも感じられない。

むしろ、どんどん体温が失われるのが、感じられる。






貴方の左手の薬指には、誰が居るのか。

忘れてしまっているのですか?





あぁ…。

頭が、ゆらゆらと揺れる。


けれども俺は、何も言えない。

何も出来ない。



ねぇ、洋介さん。

その言葉、俺が言いたかったよ。







あんたが、俺を捨てたんだ。





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