第86話 私じゃない




真琴の質問に私が答えると、彼は不思議そうな顔をして、考え込んでしまった。


…何の反応も無し、か。

嫌な事をしてくれるな。



けれども、考え込んでしまった真琴を見て、私はふと気がつく。

もしかして、私の好意は全く届いていなかったんじゃないだろうか…?


おいおい。冗談だろう…。

私は、思わず頭を抱えたくなった。





彼が、中学一年生の時。

血だらけの彼を保護して、一緒に暮らしたのに。


その時に、十分に好意を示した筈なのに。







けれども、すぐに私は思い出す。


彼は、自分への好意には、全く興味が無かったという事を。



自分に向けられる悪意には、直ぐに反応する彼。

そして、そっとその人物から、離れていく。

危険を回避する事が、とても上手な子になったのだ。


けれども、それが余りにも上手過ぎて。

たまに、ぞっとした事も覚えている。



その反面、危険なもので無い好意には、全く反応しない。


そうだ。

そんな子だったな。





この子の事は、私が一番よく知っている筈だ。





上手く話す事が出来なくなったこの子が、普通に喋れるようになったのは、私と居たからだ。


人と触れ合うことが怖くなったこの子が、普通に触れ合えるようになったのも。


泣く事が出来なくなったこの子が、声は出さないけど、泣けるようになったのも。


何の表情も浮かべる事が出来なかったこの子が、笑えるようになったのも。


全て、私と居たからなのに。







——「…あぁ、大分薄くなってきたね」


「…ほんと、に…?」





「本当だよ。…あぁ、でも上書きしておく?」


「…あ…」





「…大丈夫です」


「え?」


「…してもらわなくても、大丈夫です…」


「……そう」——






それを平気にしたのは、私じゃなかった。







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