第84話 知らない眼





「それ、私のだよ。離してくれるかな」



ぐらりと揺れる視界。

腕を引っ張られて、後ろから抱きしめられた。


驚いてその人物の顔を見ると、更に驚愕する事になる。



「…よ、すけさん」


「久しぶり、真琴。いつから君は、簡単にホイホイ着いて行く子になったのかな?」



口元だけに、笑みを浮かべる洋介さん。

あー・・・。これは、面倒くさい事になりそうだ。


俺は小さく溜息を吐いて、さっさと諦めることにする。

男の方を向き、軽く頭を下げた。



「…すいません。俺、もう帰ります」


「は?何勝手なことを言って…」


「いいから、帰るよ」



イラッとし出した男の声。

それを最後まで聞くこと無く、洋介さんは俺を引っ張って歩き出してしまった。


引きづられながらも、俺は後ろを振り向く。

ポカンとした、男の顔。



…やっぱり若いなぁ。





あぁ、勿体無い事をしたかな。


彼に、抱かれてみたかった。




そんな事を考えていると、目の前には洋介さんの部屋の扉があって。

洋介さんは無言で鍵を開けると、俺を押し込む。


そんな彼の行動に、俺は驚いた。



「…どうしたんですか?」


「…何が?」


「何か…乱暴?」



いつも優しく穏やかな、洋介さん。

そんな記憶しか無いから、俺は少し戸惑う。


最初から、最後の時まで。

俺に唯一優しくしてくれたのが、洋介さんだった。


なのに。





「男なんて、皆こんなもんだよ?」






——その眼は、誰だ。





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