第68話 恩師






「よく喧嘩になってたから、喧嘩強くなったの?」



ふと、思った事を聞いてみる。

俺が若い男達に絡まれた時。

拓夢は、あっという間に倒していた。



本当に、気づいたら全員倒れていた。

無音のあの動きが、今でも印象深い。



「んー・・・。や、自分の身を守るやり方を、教えてもらったから…かな。強くなったのは、それからだと思う」


「…教えてもらった?」


「そ。小学生の時に、公園でクラスメイトに殴られてたら、爺さんが来てさ。一人ひとりに、拳骨1発。なんか、助けてくれたんだよ」


「へぇ…」



拓夢の近所には、随分とパワフルな爺さんが、居たらしい。

今時、近所の子どもに説教する大人なんて、少ないんじゃないだろうか。



誰だって面倒事は、御免だ。

見て見ぬ振りだって、よくある事。

それなのに



「良い人だな、その爺さん」


「…俺もそう思う」


「で、その人に教えてもらったんだ?」


「そう。クラスメイトが居なくなった後、爺さんが俺に怒鳴ったんだよ」





――『この甘ったれが!周りが助けてくれないなら、強くなれ!』――





「パワフル過ぎる…」


「だろ?それを聞いた俺は、なんて無茶苦茶な爺だ!って泣きそうだった」



確かに、俺も泣きそうになると思う。

助けてくれたと思ったら、叱られる。

上げられて、下げられる感じだ。


でも、話している拓夢の顔は、穏やかで。

その人を悪く思っていないのが、解った。



「でも、根気強く教えてくれた。自分の身の守り方を。自分を殺すな、周りを囲うくだらねえ奴等なんか蹴散らせ、しゃんと背筋を伸ばして生きろ。…全部、あの人が言ってくれた」


「良かったな…」


「ん。俺の恩師」



照れくさそうに、笑う拓夢。


厳しくも温かい言葉。

それを与えて貰い、彼はここまで来た。

真っ直ぐな拓夢の目は、その言葉を大事にしてきたのだろう。



恩師、か…。


聞けて良かった。


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