第4話
(紅い目……?色素が薄いわけでも無いのに紅い目なんてあり得るのか…?)
自分に再三降りかかってきた理解不能な現象を何とか飲み込むようにする。今は考えないようにしよう…と。
だが、誰かが私をここに呼んだというのであれば、何かしらの目的があるはずだ。……まあ、それが分からないから苦労しているわけなのだが。
出口に向けての道のりはあと少しだ。辺りを散策してからでも、遅くは無いだろう。そうして、ブーツのそこにゴツゴツとした岩の感触を感じながら登っていくと、次第に豊かな緑が眼前に広がりだした。
木は生いしげり、地面には芝や雑草のカーペットが敷かれ、鳥や小動物は各々勝手に生活している、それはそれは見事な森だった。私自身、軍人として世界中を飛び回っていたが、これほど美しい自然は見たことがなかった。
高名な風景画の中にしか無いような極彩色に、思わず息をするのも忘れるほど飲み込まれていると、それに似合わない音が聞こえた。
いや、音というには騒がしい。これは…自分のよく知るタイプの音だ。そう、日常とは違う、非日常。
"戦いの音だ"
悲鳴が聞こえる。微かにだが、確かに。
それをかき消すように、下劣な笑い声が耳に届く。
それを聞いてしまっては、立ち止まっていられるわけが無い。敵はおそらく銃を持っているはずだ、だから、一瞬でケリをつけなくてはならない。
何とか近接戦闘に持ち込んで叩き切るより他に無い。押し切って押し切って突っ込むだけの、簡単なお仕事だ。
関東軍時代に比べれば屁でも無い。
刀の鍔に手をかけ、いつでも抜刀出来るようにする。一撃必殺の思念を再確認し、明確な殺意を森の木陰に隠し、静かに狩人は山々へと消えていった。
○
「うっ……あ……が………は……」
腸が、痛む。
逃げる最中に切られた腹からは血が絶え間なく流れ続け、抑えても華奢な指のわずかな隙間から溢れてしまう。
よろよろと歩くことが何とかできていたのだが、とうとう血が足りなくなったかのか、地面に倒れ込んでしまう。
その綺麗な銀髪と、白い肌に対比するようにどす黒い血は彼女を染めていく。
倒れ込んだ少女の後ろから、下卑た笑い声がだんだんと近づいてくる。
「へっへっへ、銀狼族もここまでだなぁ!」
無精髭を生やし、衛生的とはあまり言えないような簡素な装備に身を包んだ彼らは、いわゆる山賊というやつで、彼女を追い回していたのもこいつらであろう。
「どうする?とっとと殺して金もらうか!」
山賊の中の1人が残りの2人に問いかける。誰かから、依頼を受けて彼女を殺そうとしているようだ。
「いや、まてよ。楽しんでからでもいいんじゃねぇか?」
ニタニタと気色の悪い笑みに顔を染めながら、山賊が言う。
「……それもそうだな」
男たちが、完全に抵抗する力を失った彼女にジリジリと近づいていく。
「お前の母親には随分痛い目に遭ったからなぁ」
「そうそう、捕まえたと思ったら魔法で自爆しやがるんだもんな、楽しむ前に道連れにされて仲間が死んじまった」
「ッッ!お母さんも!あなた達が!!」
彼女が最早動けなくなった体で、何とか立ち上がろうとしながら喉の奥から声を絞り出して絶叫する。しかし、その咆哮を聞いても男達は動じなかった。眼前にいる少女はもう抵抗する術を持っておらず、あとは楽しんで終わりだと思っていたからだ。
「あぁ、そうだ。お前らの一族は亜人の中でも改革派だったからな。教会がいい金を払ってくれるんだよぉ」
「呪うなら自分の一族を呪うんだな」
「巫山戯るな!!元はと言えばお前達、人間から仕掛けてきたんでしょ!私たちはただ普通に暮らしてただけじゃ無い!それを勝手に作った神様なんかの教典だとか言って攻め込んできて!この悪魔!!」
抑え切れなくなったのか、止めどなく言葉をぶつける彼女は、死の淵であるというのに目が死んでいなかった。その目にはハッキリと眼前の人間の形をとっている金の亡者達を移し、憎しみを浮かべていた。
「……もういいだろ、とっとと遊ぼうぜ」
「あぁ、俺たちのカミサマも侮辱したしなぁ!カミサマも許してくれるって!」
「ふへへへ、あいつ、顔はいいからなぁ。たっぷり何日も楽しんでやるぜ」
下衆が、近づいてゆく。
武器を投げ捨て、下半身を出す準備に入っている山賊達を見て、少女は舌を髪切ろうかと決意したが、迫り来る恐怖に体は硬直し、フルフルと震え、何とか逃れようと、まともに動きやしない足を動かそうと無意識に体が反応する。
(お母さん!お父さん!)
もうだめだ。
あと2メートルほどにまで近づかれ、山賊は今にも彼女に飛びつかんばかりだ。
後悔と自分の無力さと、世界の不条理さを呪いながら、泣くまいと思っても流れる涙を振るうように、歯を食いしばって目を思いっきり閉じて、後の恐怖に耐えようとしたその時、山賊の後ろから声が聞こえた。
「""戦さ場で余所見すんなよ"""」
ぞっとするほど低音で、この世の全てを呪うようなその声は、まるで……まるで……地獄をそのまま持ってきたような恐怖を身にまとっていた。
鮮血が散り、命が散った。咲き乱れた紅桜は、新緑の自然を汚して回る。
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