p3 日本に惚れたモラエス

「祖国が継母になってしまった」の文言は、両親に見捨てられ、莫大な財産を親戚の者に奪われ、片目はつぶれ、一文無しでアメリカに渡り、さらに仏領西インド諸島へ、そして日本にやって来たラフカディオ・ハーンを思い浮かべていたのかも知れない。

 モラエスはハーンを敬慕していた。両者は日本に魅せられ、あまり知られていなかった日本を外国に知らしめた外国人作家として比較される。


 両者の違いは生まれた国、母語、英語とポルトガル語の違いは当然であるが、日本にいた時代と、妻にした女性の違いではないかと思う。ハーンは江戸の名残を残した明治初期であり、モラエスは日本が日清戦争や日露戦争に勝ち、日本が台頭してくる明治後期である。ハーンは武士の娘を嫁にし、その教養でもって出雲の民話を教えられた。モラエスは大阪松島の芸妓を見受けし現地妻とし、おヨネの姪のコハルにしても下層庶民の娘であった。ハーンは日本を観察者として好きになったが、モラエスは日本に惚れ込んだのである。


 最初に日本を訪れた時の印象を、自然については、

陸からは「立ち並ぶ樹木の茂み、轟音をあげて鳴る珍しい滝、囁く小川、美しい田畑で飾り立てた緑また緑の風景、花、虫、ありとしあるもの」。瀬戸の内海の船からは、「荘厳な風景なぞは日本にはない。豪壮さなぞはここにない。ここにあるのは細々した背景、驚嘆すべき細心な天然の配慮が果てしもなく続いて・・・稲田、野菜園、丹念に耕作した畑が陸地に果てしもない庭園にも似た外観を与えている。ここそこに、楽しげな村落が群れをなし、艶々として清潔な木製の小さい家が玩具のように混みあっている。・・・そして太陽、日本の美しい太陽の光が数知れぬ虹の色調で丘陵の頂き、渓間、田畑を照らして、書面ぜんたいに、平和と祝賀と愛との得も言われぬ調子を与えている」穏やかな緑に包まれた、箱庭のような景色を讃えている。そしてこれらの自然が日本人の性格を形作ったのだと言う。


 暮らしぶりについては、

「鄭重な男と優美な女とからなるこの国民の活気にあふれた驚嘆すべき生活ぶり、異国情緒たっぷりな遊楽、珍しく細かい品々の生産・・」と言っている。

「その背景の単調、その沿岸の不毛、・・醜い人間の群れが汚い暮らしをしているあの支那の不潔を見慣れた者にとって、この日本との対照はまったく驚異にあたいする」と中国のことをよく言っていない。思うに荒々しい大陸の中国と緑の島国を比べて、箱庭を見るような日本を好いているのである。「世界に類がない木々のかげで余生を送りたいものだ」と日本に住みたい願望を記している。

 モラエスは自尊心の高い人である。マカオにおいて、自分にその資格があると思っていたポストから左遷され帰国を命じられたことや、亜珍との関係が上手くいっていなかったことも帰国せず日本に住むことを選ばせた。しかし第一番は何度かの来日で日本にすっかり心を奪われていた事である。


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