聖ニコラウス局給付統括部アジア第十二配達課ミカエル・ベルティーニのクリスマス
侘助ヒマリ
第1話 残業続きの配達課
「ミカベル!給付管理課から電話だ。
内線3番取って」
「はい」
淡く白い光を放つLED照明が天井に数列のラインを成し、整然と並べられたライトグレーのデスクを明るく照らしている。
パーテーションのない開放的な聖ニコラス局給付統括部アジア第十二配達課のフロアには、80名ほどのスタッフが常駐している。
書類を持って動き回る者、どこかに電話をかけている者、デスク脇で立ったまま打ち合わせをしている者…。
就業時間中のオフィスは常に活気に満ちた喧騒に包まれている。
“ミカベル”は6つのデスクから成る島の真ん中に設置された電話スタンドをくるりと回して受話器を取ると、3と書かれた小さなボタンを押した。
「お電話変わりました。ミカエル・ベルティーニです」
「給付管理課のジョフィエル・アーベルです。先にメールでお送りしたミカベルさんの担当する配達先リストに入力ミスが見つかりましてね。今修正版を再送しましたので、お手数ですがデータを差し替えていただいてよろしいでしょうか」
「了解です。メールを確認するので少々お待ちください」
ミカベルがデスクのノートPCでメールソフトを開く。
新着メールに添付されていたデータを開いて問題がないことを確認すると、配達先リストのフォルダに入っていたファイルと差し替える。
差し替え作業が完了したことを“ジョフィア”に伝えて電話を切ると、ミカベルはふうっと息を吐いて、上半身の体重をオフィスチェアの背もたれにギシッと預けた。
「よう。だいぶお疲れの様子だな」
給湯室から湯気の立つマグカップを手に持った青年が隣の席に戻ってきた。
彼の名はサキエル・クルーヴハルト。皆からは”サキクル”と呼ばれている。
ミカベルより40年ほど先に入社した若手のホープだ。
「12月に入ってから毎日残業続きじゃないっすか。
給付対象者リストのチェックに、積み荷のチェック、配達ルートの確認に橇やトナカイの点検…。この分じゃ当分休日出勤も確定ですよね」
両手を頭の後ろに組んで口をとがらせるミカベルに苦笑を向けると、サキクルはデスクの上に置かれたガムのボトルからミントガムを2粒取り出し、ミカベルの口元に運ぶ。
への字に曲げた口をミカベルが開けると、ぽいっとガムが放り込まれた。
「まあ愚痴っても仕方ないさ。
クリスマスは副社長の誕生日を世界中が祝う大事な日だからね。
うちの局がその関連イベントの一切の業務を引き受けてるんだから、上手くこなせば評価も格段に上がるよ」
マグカップのコーヒーに口をつけながら、金髪碧眼のサキクルは柔らかい微笑みをたたえる。
ここの社員は元々が天使だけに皆が見目麗しい外見をしているのだが、サキクルはその端麗な容姿に加えて後光の輝きが他者より抜きんでてまぶしい。
「サキクルさんは大天使出世コースまっしぐらですから、やりがいあるんじゃないですか?
僕は出世を狙えない平々凡々なタイプなんで、ほどほどの仕事量で十分なんですけどねぇ」
ミカベルがガムを噛みつつミントの香りのため息をつくと、「君だってやる気次第なんだけどな」とサキクルはつぶやいて再びコーヒーを口に運んだ。
「よし。気分転換に、これから君の彼女にでも会いに行くか」
「へっ?」
「トナカイのコンディション確認だよ。そろそろ一度見ておいた方がいいだろ?」
「あっ、そうっすね。じゃ、僕も行きます」
サキクルが飲み終えたマグカップを給湯室に下げるのを待って、二人は別棟にある第三トナカイ飼育場に向かう。
トナカイ飼育場を管轄する飼育課もまた聖ニコラウス局の一部門である。
部局の中は様々な課に分かれているが、中でもスタッフを最も多く擁するのが、世界じゅうの子供たちにクリスマスプレゼントを届ける給付統括部だ。
部内には、子供たちの希望するプレゼントをリサーチする市場調査課、下界にプレゼントの製造を委託管理している製造管理課、当年度のプレゼント配布先を管理している給付管理課、そしてミカベルの所属する配達課、などがある。
52階建てのN棟と呼ばれる広大な社屋は聖ニコラウス局給付統括部が30フロアを占め、局内だけでおよそ5万名の社員が働いている。
「あーあ、いいなぁ、給付選定課の奴ら。プレゼントの発注作業も終わって余裕そうじゃないですか」
エレベーターを待つ間、ミカベルはガラス張りの向こうに見える他部署の様子をうらやましそうに窺う。
「あそこは市場調査課のリサーチ結果が出た後に半年かけてプレゼントを選定するからな。今は余裕そうに見えるけれど、選定中の半年間はなかなか忙しそうだよ。僕らの課の業務は短期集中型だから、どちらがいいとは一概に言えないんじゃないか」
「でも、おもちゃの選定って面白そうじゃないですか。僕、ほんとはそっちに配属希望だったんだけどな」
ここ天界では、成人した天使はエンジェルの役目を終えるとこの会社に入社することになっている。
研修期間として10年ほど様々な部署を回った後、正式に配属が決定されるのである。
「まあ、配属を決定するのは僕たちの父であり社長であるあの方だ。全知全能の社長が決めた配属先なんだから、適材適所、ミカベルにとっても最も良い導きが得られるのが今の部署ということなんだよ」
「ていうか、配達課は肉体労働系だから、入社すぐの若い奴はたいていこっちに回されてる感じですけどね」
ミカベルの奴、連日続く残業でよっぽどストレスが溜まっていると見える――。
自分のフォローに珍しく口ごたえするミカベルにサキクルが苦笑していると、エレベーターの扉が開いた。
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