8.呪いの回転遊園地
次ノ満月夜、回転遊園地来ル。というチラシが通りを舞っている。窓から手を伸ばして一枚を掴んだぼくは、首をひねる。
「どうかした」
「琉球」
彼はぼくの手からチラシを抜き取って、久しぶりだな、と言った。前に来たことがあるのと訊いたら、二年前だという。
「移動遊園地じゃなくて」
「そう、回転遊園地」
「どういうこと」
「そのままだよ、回転してるのさ」
「ずっと?」
「ああ、ずっとだよ」
ぼくは回転する遊園地を想像して気持ちが悪くなった。スピードは大丈夫でも、スピンは苦手だ。すると琉球は心配ないという。
「遊園地内に入ってしまえば、回転は感じないからさ」
「どうして」
「この星と同じさ、自転を体で感じることはないだろう」
「じゃあ、回転遊園地の回転は自転てこと」
「体感の面ではね、実際は浮力を得るための回転だけど」
琉球はさらりという。
「浮力って、回転遊園地って浮いてるの」
「ああ、回転のスピードが落ちたりすると、今回みたいに二年ぶりなんてことになる」
普通に移動して目的地に着いてから浮く、というわけにはいかないのだろうか。
「そこが回転遊園地の回転に呪いがかかっていると、噂される所以なんだよ」
またしても琉球はさらりという。
「ちょっと待って、呪いってなに」
「浮きつづけていなければならない、それがあの遊園地の呪いだっていう」
「噂だろう」
「じゃあ、なぜ止まらないのさ」
琉球は強い口調でぼくに迫る。解るはずがない。まだ見たこともないのだ。
「前に住んでた町には来なかったけど」
「へぇ」
「どうしてだろう、世界中回っているんでしょう」
「つまり、世界中と謳っているのに、そのルートから外れるくらい、君は辺鄙なところに住んでいたと、そういうことだろう」と琉球はわざとらしく嫌味な笑みをつくる。
「でも、回転しているうえに浮いているなら、どうやって遊園地に入るの」
「タイミングさ」
「タイミング」
それはぼくの苦手な範疇だ。
「大丈夫、僕は得意」
激しい存在感を放ち、煌々と君臨する満月。周りの星の存在を消してしまうほどに強い光を放ち、静寂を讃えている。満月の夜、ぼくは海の底に沈んだ街を想像する。きっとこの夜のように、静かに違いない。
回転遊園地はぼくの予想に反して、静かに現れた。月の静寂を侵害することなく、巨体を静かに回転させながら、ビルの間をゆっくりと近づいてくる。タイミング、と琉球は言ったけれど、そのタイミングはどうやって図るのだろう。
琉球に連れられてぼくは宇宙屋上にいた。まさか塔の頂上から飛び移るとでもいうのだろうか。段々不安になってくる。エレベータに乗りこむと琉球はボタンを押した。次の瞬間、体に螺旋状の浮遊感を感じたと思ったら、ぼくたちは遊園地にいた。
「テレポートカプセル」
琉球がにやついている。すっかり担がれた。
「まさか、タイミングなんて信じてたのか、シナ」
客が入らなきゃ、商売あがったりだろう。と琉球はわざとらしく真面目な顔をする。きっとこれから先もずっと、彼のほうが上手なんだろうとぼくは観念しなければならない。文句を言ってやろうにも、ぼくはテレポートカプセルが苦手で、しばらくのあいだクラクラする。螺旋状の回転によって空間から空間へ物体を押しだすテレポートカプセルの仕様には、何度乗っても慣れなかった。
宙に浮いているとは思えないほど、遊園地は充実している。回転木馬を中心に、スピードスター、ハイラウンド、スネークアイ、ミュージカリティ、ヘブンズキス、ヘルズロードにミラーキャッスルやレトロエリアまである。
露店も数多く点在し、琉球はまず飲み物がほしいと、「フルウツスパアク」の列に並んだ。フルーツジュースのなかにフルーツが丸ごと入っていて、ゆするとフルーツがスパークしてスカッシュになる、という人気の飲み物だ。フルーツのなかに炭酸が仕込まれている。しかもシロップ漬けにされているので最後に甘酸っぱい果肉を味わえる。
ぼくはフライバグズの露店に並んだ。フライバグズはその名の通り様々な虫の形をした揚げ菓子だ。ノーマルとリアルがあって、リアルは本物そっくりに絵付けされていて、密かにフリークを増やしている。ぼくは当然、ノーマルを選ぶ。
「君はノーマルか」
声をかけてきたのは、もぎりの青年である。蒼白い顔が遊園地には不似合いだ。
「伯父さん、戻ったんですか」
「いや」
「じゃあ、さぼり」
彼は笑って「こっちが盛況なんでね、うちは閑古鳥が鳴いているってわけ」そこで休業にしたのだという。その手に持ったカップから「蜂」をつまんで口に運ぶ。蒼白い顔で蜂をかむ様子が妙に似合っている。きっと彼は琉球と気が合うだろうと思う。どこか似ているし、琉球もリアルを選ぶだろうとぼくは確信している。
「相棒は一緒じゃないのかい」
「琉球はポップスタを買いに」
「へえ、彼は甘党か」
青年は意外そうな顔をする。それから、ミラーキャッスルはすきかと訊く。実は一番すきな遊具だった。
「なぜ」
「一緒にどうかと思って」
ミラーキャッスルは小さな子や女の子に人気がある。ぼくがミラーキャッスルに入りたいというと、琉球は顔をしかめたくらいだ。青年くらいの歳なら入るのは恥ずかしいはずだ。
「ぼくは構わないけど」
ポップスタを手に戻ってきた琉球に別行動を提案すると、彼は一緒に行くと言いだした。
「ミラーキャッスルだよ」
念のためもう一度確かめると、琉球はぼくの耳に口を寄せた。青年に聞こえないよう小声で囁く。
「彼にはきっと何か目的があるんだ、それを確かめるほうがスピードスターに乗るより面白いさ」
「そうかな」
すると琉球は呆れ顔で、「あの歳でミラーキャッスルがすきだなんてことはないだろ、あれば彼は犯罪者だ」とまでいう。ぼくは近いうちにミラーキャッスルを卒業できるか、不安になった。
ミラーキャッスルは扉も壁も窓もすべてが鏡でできている、出口を探す遊具だ。出口は沢山あって出口によってもらえる景品が変わる。景品は子供向けだった。
「まさか、景品が目当てなんてことはないよね」
鏡の世界を手探りで歩きながら、琉球が青年に訊いた。迷路になっている通路は突然に鏡が正面に現れてぶつかる羽目になるから、手で確かめながら歩くのは必須だ。なのに青年は両腕を下げたまま平然と歩いていく。
「遊園地の中央には回転木馬があるだろう、あれのメインポールは動いていない」
「中心軸だからでしょう」
回転遊園地の中心軸が回転木馬のメインポールで、遊園地が回転するための支軸になっているのだと、昼間に琉球が話していた。
「このミラーキャッスルのなかにメインポールへの入り口があるんだよ」
秘密の扉だ、と青年はいう。琉球は眉をひそめる。
「そんなの、もし本当なら子供が動力室に忍びこめるってことになるだろう、大問題だ」
琉球のいうとおりだ。子供がすき勝手に触って動力が止まりでもすれば、遊園地は地に落ちる。
「その心配はないよ、誰にもでも繋がるわけじゃないからね」
それに、と青年は胸ポケットから四角い硝子板を取りだした。手のひらに収まる程度の大きさで、真ん中にチップが埋めこまれている。IDに似ているけれど、チップの色が違っている。見たことのない色だ。
「へえ、あなたのは特別な通行証というわけか」
琉球もぼくも青年の手に握られた硝子板の、特殊なチップを覗きこんだ。チップはその形もぼくの物とは違っている。キャッスルの一番上まで辿り着くと、そのうちの一枚の扉を青年は迷いなく開ける。チップが火に入れた鉄のように、ほのかに色を変えた。青年の後について暗い通路を歩いていくと、やがて扉のない入り口が見えた。メインポールの動力室だ。室内には無数の硝子盤に綿密な配線でプログラムが動いている。
「呪いの話は知ってるかい」
青年が訊いた。
「呪いのせいで回転しつづけなきゃいけないっていう話だろう」
「でも実は、回転の理由はちゃんとある」
「浮力を得るためでしょう」
「シナ、じゃあなぜ止まらないんだって話になるから、呪いなんて噂が立つんだろう」
「浮力は二次作用なんだよ」
ぼくと琉球のやりとりに、青年はヒントを与えるように口を挟む。けれどそれはちっともヒントに成りえず、むしろ疑問を増やすばかりだ。
「じゃあ、なんの」
言いかけたところで琉球は何かに気を奪われた。視線を追うと、動力室の中心には水槽があった。水槽のなかには丸い硝子球が浮いている。時折、硝子球のなかで光がパチッと弾ける。近づいてみると、それはスパークの光だ。硝子球の内側で無数の光が動き、光と光が触れた途端にスパークを起こす。ぼくと琉球は同時に訊いた。
「これはなに」とぼく。
「これが理由」と琉球。やはり琉球のほうが先を行くのだ。
「そう、このスパークの為に遊園地は回転しているんだ」
回転することで光が動き、スパークを起こす、そういう仕組みなのだという。ではスパークは何のために起こされているのか。そしてなぜ、もぎりの青年が知っているのか。その答えは青年からではなく、琉球からもたらされる。
「これも家業ってわけ。あのドームと関係があるんだろう?」
それを聞いてぼくは琉球の睡蓮を思い出した。青年が水槽に入れた。
「この光と睡蓮の光は関係があるの」
「正確には、このスパーク」
「僕の睡蓮の光は僕の光なんだろう」
「君の光は感度、睡蓮は媒体なんだ」
「媒体」
「この光はね、記憶だよ、この星の。スパークが起こることでその記憶が取りだされて」
「睡蓮が受信するってわけ」
琉球が途中で口をはさんだ。ぼくは砂浜の映像や深海の映像を思い出す。あれは星の記憶。
「でも、世界中を回っているのに」
遠ざかれば受信感度は下がるはずだ。受信不能にだってなるだろう。
「そこは家業秘密」と青年は済まなさそうな顔で笑う。
「君たちには見せてあげたかったんだ」
次の睡蓮のために、ということか。間近で硝子球のなかのスパークを見つめながら、ぼくは星の記憶を夢想する。硝子球の向こう側に懐かしそうな目をしている琉球の顔が見えた。
「この光をどうやって取りだしたのかも、秘密なんだろう」
そう言った琉球に対して、青年は無言で頷く。琉球にはぼくよりも多くのことが解っている気がする。同い年とは思えないことが時々ある。スパークの光で琉球の瞳が不可思議な色に光っているのを見ながら、ぼくはそんなことを思った。
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