3.デパ地下の出会い

 窓の外からは枯葉がカラカラと風に転がる音がひっきりなしに聞こえてくる。季節はもうほとんど冬に近づいている。

 冬がすきと公言するだけあって、琉球ルークは喜んでいるかと思えば、寒いといって不機嫌な顔をする。彼に言わせると、すきなことと寒さに強いのとは別の話だった。


「冷え性の所為だよ」


 今日も不機嫌な顔で琉球はいう。しまいにはぼくが薄着過ぎるといって顔をしかめる。見ているこっちが風邪を引くと、ぼくをデパートに連れだした。


 デパートは太い棟と複数の細い棟とが渡り廊下でつながって、太い棟を中心に円形状を成していた。出入り口を迷う必要がない。渡り廊下はチューブになっていて、中はエスカレータだ。たくさんの荷物を積むカートを手に、帰る人の列とすれ違いながら、なぜあんなにも買うものがあるのかと、ぼくは不思議に思う。


 琉球はどうやらデパートがすきらしい。空調が整っているのもあるだろうけれど、物好きなことは彼の部屋を見れば一目瞭然である。水槽が危うく思えるほど、琉球の部屋には雑多に色んなものが置かれていた。ぼくの目には放置されて見えるものも、彼にとっては定位置にあると認識される。


「一人で大丈夫だから、あとで落ち合おう」


 琉球がきょろきょろと落ち着かないので提案したのだ。けれど、彼は駄目だという。


「僕が一緒でないと、君は薄手の物を買うに違いない」


 彼のいうとおりだった。元々、厚着がすきじゃないのだ。コート売り場には多種多様なコートが並んでいた。素材の多さにぼくはもうどれを選べばいいか、そのうち頭がぼんやりしてきた。すると琉球はすっと一着を取りだして、これにしろよ、という。薄いグレーのフランネル素材だ。肌触りもよく、軽い。糸までが上質だと解る。選ぶのにうんざりしていたからじゃなく、素直に気に入った。


 円形状にならぶ売り場を、ぼくたちはぐるぐると見て回る。途中でフライドドラゴンを買って食べながら、またぐるぐる回った。最終的に地下まで辿り着いて、琉球は目を輝かせた。ペットショップの前である。密林のように観葉植物がわさわさと置いてある。生き物がどこにいるのか一見では解らない。

 今度は観葉植物の迷路をぐるぐると歩きはじめる。一時間も歩き回って、きっと同じ場所を三回は通っている。いい加減帰ろう、と口をひらきかけたとき、琉球が不意に立ち止まった。


「間違いない、シナ、こいつは新種だ」

「新種?」


 彼の視線の先にいるのは、カメレオンだ。ぼくたちの会話が聞こえたのか、カウンターにいた店員が近づいてきた。


「よく解ったな」

「やっぱり、そうなんだね」

「カメレオンだろう、これ」

「シナ、僕たちはこいつの前を三回通っただろ、こいつはさっきカメラレオンじゃなかった」

「目敏いな、ぼうず」


 店員はひげだけが黒く、髪も服もカラフルだった。きっと七色あるに違いないと、ぼくはショップの看板を見ながら思う。

 琉球は「新種」の値段を尋ねた。店員は「これとセットだが、こっちは安くしとくよ」といって、新種がのっている観葉植物を撫でた。


「セットなの、いらないけど」

「ぼくちゃん、馬鹿言っちゃいけねぇぜ、セットってのは必須ってことだ。こいつの命に関わるんだぜ」


 さらに店員は「こいつがありゃあ、食い物もいらねえ」といった。琉球はそういうことかと納得する。


「もう少し、小ぶりなのはない?」


 琉球の問いに店員は頭を抱える仕草をした。


「あのな、これでなきゃあ駄目なんだよ、最適なのを選んでセットにしてあるんだぜ」


 これ以上でもこれ以下でもいけねぇ、と店員はいう。支払いを済ませオートキャリーにのせようとしたら、店員に止められる。


「こいつは機械と相性が悪いんだ、手で運びな」


 思わず、顔を見合わせる。ぼくたちよりも背の高い鉢植えの植物だ。じゃあ配達をといいかけた琉球に、店員は無言でカウンターの張り紙を示した。配達お断り。


「そういうことだ、シナ。すまないけど」

「仕方ないな」


 ふと、琉球は店員を振り返り、注意事項は、と訊いた。


「窓の傍に置かないこと。部屋の隅の暗がりに置け。角ならなお良い」

「窓と逆側の角?」

「いや、別に窓側の角だっていいぜ、要は陽に当てなきゃいいんだ。こいつに強すぎるからな」

「陽が」

「効力だよ」


 店員は以上だと言わんばかり、まいど、と満面の笑みを作った。

 陽に触れさせてはいけないというので、ぼくたちは夜になるまでデパートで暇をつぶした。新種つきの観葉植物を運ぶのは、思った以上に骨が折れた。途中途中休みながら、ようやく睡蓮荘に辿り着いたときにはクタクタだった。琉球は窓のある壁沿いの角を選んで、植物を置いた。新種はまだカメレオンの姿をしている。眠っているようだった。


「シナ、これ」


 自分の部屋へ戻ろうとしたところに、琉球が握り拳を突きだした。ぱっと手をひらくと、やわらかな銀に光るピンが乗せられている。プラチナと呼ばれる星を象ったものだ。


「なに」

「あのコートにきっと似合だろうと思って」


 デパートで夜を待つあいだ、姿を消した琉球はこれを買いに行っていたのだろう。


「ありがとう」


 プラチナはぼくの憧れの星だった。先日、図鑑を見せた際にぼくが話したのを彼は覚えていたのだ。コートを袋から出してハンガーにかける。その襟元にピンを挿すと、わざわざこのコートの為にあつらえたかのように、しっくりとくる。琉球は趣味がいい。

 次の日、新種を拝みに行くと、まだカメレオンのままだった。


「ねえ、琉球、新種って何の新種なの」

「さあ、複数の遺伝子を組み合わせてるんだ。宇宙産のも入ってるって、あの店員は言っていたけど」

「へえ」


 ぼくはまだ一度も宇宙産の生物を見たことはなかった。ならばこれが初めて見る宇宙生物ということになる。琉球は新種にクレムリンと名付けた。あの有名な映画から拝借したのだと思うけれど、あれはグレムリンだ。そういうと、彼は肩をすくめてみせる。


「濁点はない方が、彼には似合ってる」


 クレムリンはカメレオンの姿で、目を閉じている。ぼくは彼が見ている夢に、思いを馳せる。その遺伝子が持つ宇宙の記憶に。

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