七人目-ラストナンバー-

 今晩の深夜特務活動部は、雨宮と柊――"怠惰レイジー"と"色欲ルード"の両名共に欠席だそうだ。

 なんでも、明日の小テストのための詰め込みで忙しいのだ、と。

 柊は、恐らく雨宮に巻き込まれたのだろう。グループチャットのメッセージ履歴からも、そのことが見て取れる。雨宮が柊に泣きつく姿が、ありありと浮かぶ。


「というわけで、今日は二人での活動になるねえ、"嫉妬ジェラス"」

「………」

「うわ、なに、その不服そうな顔」

「別に、不服ってわけじゃ……」


 結果、私と一緒に行動することになった"暴食サーフィット"の表情が、にやにやした笑顔から一転。頬を膨らませ、拗ねた子供みたいな表情に変わる。外見年齢は大人びているのに、こういったところは子供じみている。そんなところが、きっと万人に好かれる点なのだろうが。

 さて。今晩のように、深夜特務活動部のメンバーでシェイド狩りを始めたのは、別に効率を重視して、などという話ではない。

 部長曰く、部活動を標榜するのならば、チームワークは不可欠だろう、と。

 もっとも、獲物を横から必要以上に奪われるわけでもなく、気の抜ける掛け合いをしながら興じる部活動はそれなりに楽しかったので、特に文句は挟んでいない。

 ただ、この悪辣な上級生、もとい部長を前に迂闊なことを言うと、面倒なことになるのは目に見えているので、あえて不満そうな顔を崩さないようにしている。


「まあ、あの巨大シェイド戦以降は、少しは骨のあるやつも出てきたけど、なんか物足りないわね」


 巨大シェイド――強化体エンハンサーと呼ばれる、通常のシェイドとは一線を画する存在。

 そして、私達が倒せなかった存在。

 あの夜から。通常体プロモーターを何体、何十体狩っても、心の奥のわだかまりは一向に消える気配がない。

 拳を、槍を振るっても。ただ、雑魚モンスターを淡々と狩るような虚しさが募っていくだけだった。


「おっと。新規の反応。運動公園の方だね」


 "暴食"が端末デバイスを取り出し、新たに出現した反応の箇所を探る。今晩は、特に出現数が多いようだ。


「ま、このまま燻ってるわけにもいかないから、行ってみましょうか」


 軽く頷いて、目的地に向かって駆け出す"暴食"の後を追う。

 後何体。何十体。何百体のシェイドを倒せば、この気持に整理がつくのか。あるいは、新たな強化体を倒せば荷が降りるのだろうか。

 この感情は、戦いで清算できるものなのか。

 渾沌とした感情を孕んだまま、次なる獲物を求めて駆け出す。

 夜天の雲の隙間から漏れ出る月光が、夜の世界を照らしていた。


 ◇ ◇ ◇


 目的地に到着する直前。直感的な判断で足を止める。"暴食"も同じく急停止した。

 端末のレーダーに頼らずとも、五感に突き刺さるような気配が、シェイドと――それ以外の存在を知らしめていた。


「戦斗少女……単独行動ってことは、あの問題児のどちらかかな」


 彼女の言う問題児というのは、言うまでもなくあの大剣と片手剣ふたりなのだろう。

 出会った瞬間、戦斗少女同士の競り合いが始まってもおかしくはない。一層の警戒心を強めて、慎重に歩を進める。


 視界の先にあったものは、言うなれば処刑場の跡地だ。

 残存していたシェイドの気配は尽く消え失せている。バラバラになった無数のシェイドの屍の中に、凛と咲くように佇む一人の少女。


 それは、七人目さいごの戦斗少女。


 こちらと目があったことに気づくと、彼女は華やかに微笑んだ。

 真紅の髪に、刃のごとく鋭い真紅の瞳。朱に染まった衣装は大胆にアレンジされているが、そのベースは着物のようだ。

 大和撫子、という表現は彼女のためにあるのだろう。他の戦斗少女とは一風変わった、静かな美しさが備わっている。

 だが、その右手に握られた武装――よくテレビでも見たことのある"それ"の存在が、彼女をただの和風美人ではなく、一介の戦斗少女たらしめている。


 ――日本刀。

 私達の国日本に古くから伝わる、伝統の技巧により精錬された武器。

 飾り気のない、いかにも日本刀といったそのフォルムには確かに、芸術品と遜色ない美しさが備わっている。

 血は付着していない。それも当然。シェイドは血を流さない存在なのだから。

 だが、もしシェイドの身体に赤い血液が流れていたのだとしたら。その刃はきっと、彼女を彩る色と同じ鮮やかな赤に染まっていたことだろう。

 その意味では、彼女の纏ういろは鮮烈なイメージを放っていた。


「刀使いの、戦斗少女……」

「ええ。見たところ、お二方ともわたくしと同じ……」

「……そういうあんたは、何者だい?」


 長槍イシュタルを構えたまま、"暴食"が問う。

 敵意を感じるわけではない。だが、こちらが武装を解除できないのは、刀使いの少女に、あまりにも隙がないからだ。 

 一瞬でも気を抜いたならば、瞬きの刹那にこちらの首を切り飛ばす。

 杞憂とは思われるが、それを難なくやってのけるのではないか、という警戒心が私達に油断を許さない。


「――階級クラス第三位サード。"憤怒アージ"

 水無瀬川学院高等学校三年、蛇喰花蓮じゃばみかれんですわ」


 たおやかに微笑んだまま、少女は自らの全てを明かした。

 自らの正体を隠そうなどという気概など一切ない、まるで武人のような堂々とした名乗り。

 あまりにも堂々としたものだから、私も"暴食"も、完全に思考が停止してしまった。


「え、えーっと……」

「さ。こちらは名乗りましたわよ。貴方達も、同じ学校の生徒なのでしょう?」


 こちらは名乗った。だから名乗れ、と言わんばかりの重圧。

 "暴食"も、表情を強張らせたまま返す言葉を詰まらせている。名を尋ねておきながら、まさかそれに素直に応じられるなどとは微塵も考えていなかったのだろう。もっとも、私とて同じだった。

 "憤怒"の、まるでこの世の穢れを知らぬような澄み切った笑顔の裏に、凶刃の煌めきが見え隠れしているのはきっと錯覚ではないのだろう。

 間合いを詰めてくる様子はない。彼我の距離は二十メートルほどは開いており、決して二歩や三歩で詰められる距離ではない。

 だというのに――この緊張感は、輪をかけて強くなっていくばかりだ。


「……ごめん、"嫉妬" パス」

「へ?」


 "暴食"が、一歩引いた。そして、私に全てを丸投げするかのような発言をしてのける。


「あの、ぱ、パスって?」

「うん。なんか、私はあいつと相性が悪い気がする。だから、任せた」

「……お知り合い?」


 私の問いに対して、"暴食"が、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「……もしかして? 同じクラスの人、とか?」

「あ、コラ! いらん情報を相手に与えるな!!」

「ああ、分かりましたわ。もしかして、高峰さん?」

「げぇっ!?」


 納得した、と言わんばかりに手を叩いて微笑む"憤怒"。

 そして、この世の終わりのような表情を浮かべて頭を抱え込む"暴食"。

 このコミュニケーションの鬼みたいな存在に、苦手な人類種がいただなんて。果たして、眼前の少女はいったいどれほどの強敵なのか。

 ……あるいは、どれほどの問題児なのか。


「あら。カマかけてみただけだったんですが……一発で正答に至るだなんて。運がいいですわ」

「こ、この性悪女……!」


 ギギギ、と。歯の軋む音が聞こえてきそうなほど、強く歯噛みする"暴食"。

 "憤怒"は、その名からは程遠い笑みを浮かべている。

 確かに、問題児だ。それも、超特級の。


「そこのお嬢さん。不埒な事を考えておられませんか?」


 笑顔の奥にギラリと光る真紅の双眸が私を射抜く。

 完全に見透かされているようだった。なるほど、"暴食"が苦手だという理由の一端がわかった気がする。


「……つまり、お二人はお知り合いと?」

「そうですわ。まさか、高峰さんも一緒だったなんて。どうして教えてくれなかったんです?」

「私もあんたが選ばれてるだなんて予想だにしなかったよ! まあ、分かってても教えなかっただろうけど!」


 長槍の切っ先を向け、牙を剥き出しにしながら吠える"暴食"。もはやヤケクソになっているようだった。

 なんだろう。友人に内緒にしていた恥ずかしい秘密がつまびらかにされた羞恥からくるものなのだろうか。それとも、もっと名状しがたい因縁でもあるのだろうか。

 いずれにしても、面倒なことには間違いない。私はこのまま傍観者として関わり合いにならないよう務めるつもりだったが――


「ちょうどいい……さあ! あの性悪女を懲らしめてやれ"嫉妬"!」

「な、なんで私が……」

「うるさい! 部長命令だ! 行ってとっととコテンパンにしてこい!」


 "暴食"に背中を蹴り飛ばされ、一歩前進する。

 なんたる、暴政だ。これぞまさに職権乱用、紛うことなきパワーハラスメントである。

 だが哀しいかな。今この場にそれを訴える相手もいなければ、背後の部長に歯向かう度胸も私にはなかった。

 "憤怒"は、あらあらまあまあといった感じで、静かに笑っている。


「あら、戦闘、しますの?」

「……まあ、そうなるみたいです」

「そう、ですか」


 すると"憤怒"は、抜身の日本刀を左手に持っていた鞘に納めた。よく見る演出のように、鍔が当たるような金属音は響かず、刀身は静かに鞘に隠れた。

 そして納刀それは、武装解除を意味しての動作でないことは明らかだった。


「抜刀術……」

「ふふっ。さあ、どこからでもどうぞ」


 またの名を、居合術。

 納刀状態から一瞬で抜刀し、そしてその勢いのまま斬撃を行う技法。

 抜いてから、斬るのではなく、抜きながら、斬る。

 達人の域ともなれば、その瞬間を視認することは困難とされる。ましてや、戦斗少女の繰るわざともなれば―――

 "憤怒"が腰を落とし、刀の柄に軽く指を添える。私も、両手を眼前に上げて戦闘の態勢を整える。


「よ、よろしくお願いします」

「ええ、お手柔らかにお願いしますわ」


 ここに、奇妙な戦闘の火蓋は切られた。

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