巨躯-ギガントマキア-


 先程のシェイドの群れを、私は波と例えた。

 波とは、あくまで自然の現象だ。そこに意思などなく、ただ寄せては返すだけ。

 ならば――眼前に聳え立つ存在は、一体なんと例えるべきか。

 神話の巨人というものが現代に蘇るならば、恐らく、眼前のそれがそうなのだろう。

 頭部を模した球体をもたげた巨大な闇の柱からは五、六本の巨大な触手が生えている。

 それはまるで、複数の腕を持つと伝承される神々の姿の模倣だ。ただ、そこにあるのは神々しさではなく、もっと悍ましい何かだった。 

 高さは十メートル近く、三階建ての家屋と同程度といったところだろうか。このグラウンドに、突如現れた一夜城のように、暗黒の巨体が屹立している。


「……ちょっと、どうすんのよこれ」

「いや、流石の私もこれは予想外……」

「おっきぃですねぇ……」


 黒い巨塔を見上げながら、乾いた声を上げる。

 私からは、何も言葉が出なかった。


「これが、強化体エンハンサー……」

「強化って次元じゃないでしょ!? 何よあれ、聞いてないわよ!?」


 "怠惰レイジー"が蒼色の銃を遙か上空に向け叫ぶ。


 性能スペックの強化。それは、筋力パワーであったり、耐久力タフネスであったり、速度スピードであったりするだろう。

 だが、こと戦闘において、"大きい"というのはそれだけで一つの脅威たりうるのだ。

 例えば、怪獣映画。作品内において、彼らは人類では抗えない圧倒的な脅威となって、甚大な破滅を齎す。

 怪獣を怪獣たらしめるものは何か。口から吐き出す灼熱の炎か? いかなる近代兵器をも受け付けない頑強な皮膚か? 全身から撒き散らす腐食性の毒液か?

 否。それらは全て、本質的な答えではない。

 彼らを怪獣足らしめているものは、その規格外の質量、大きさだ。超高層ビルと同じ程の巨体を持つ彼らは、ただ闊歩するだけで、街という街を破壊する。

 そして、どのような兵器も、これほどの巨体となっては通用しない。蚊や蝿が人間に体当りしたところで、人間はびくともしないのと同じである。

 巨大であるということは、このような戦闘においては、十分すぎるほどの強化といえるのだ。


「でも、戦って勝つしか無い。そうでしょ?」

「き、気楽に言ってくれる……」


 "色欲ルード"の表情は、変わらない。だが、言うことはもっともだ。

 敵がいかに巨大で強大であろうと、立ち向かわなければならない、それを撃破しなければならない。

 不思議と、逃げ出したいとか、負けたらどうなるのか、なんて疑問は浮かばなかった。

 ただ、どうやって攻め立てるべきか。どうやって、あの巨大な敵にダメージを与えるのか。そんな、前向きな考えだけが浮かんでいた。


「……ま、うだうだ言っても始まらないものね。

 なーに、さっきまでのは準備運動。こっからが本番だもの、気合い入れて行くわよ!」

「部長ヅラしちゃって。そういえば、これってあいつをぶっ倒したやつがポイント総取りなの?」

「貢献度に応じて、みたいだよ。というわけで、サボらずに頑張ってくれたまえよ?」

「ハッ! さっきの一撃でガス欠寸前のあんたよりも、大活躍してみせるっての! 行くわよ、"色欲"!!」

「はいはい」


 三人が散開し、別々の角度から巨大なシェイドに攻撃を開始する。

 "暴食サーフィット"は、いつもの長槍を携えてその巨躯の根本に飛び込んでいく。

 機銃の連射にも劣らぬ速度で繰り出される連撃が、膨大な質量を削り取っていく。


 強化体の触手は、それ自体が通常のシェイドと同程度のサイズだ。まるで、巨人の指がこちらを摘み潰そうとしているようだった。

 長槍で触手を切り落とすも、次の触手が襲いかかる。巨体の本体もまた、緩慢な動作ながら、その豪腕を振るう。

 まるで、建物の柱で殴りかかってくるようなものだ。受け止めようものなら、全身が即座に肉塊と化してしまうだろう。大きく跳躍し、距離を取る。


 相手の一撃を回避し、無防備に晒された箇所に連撃を加える。

 だが、それこそまるで壁を殴っているかのような感覚。殴ったこちらのほうがダメージを受けてしまいそうなほど、その巨体はビクともしない。

 末端部分に狙いを定めて攻撃をすれば、その箇所を削っていくことは出来るが、決定打にはなりえない。

 "色欲"の鞭も、少しずつはダメージを与えているようだが、私と同様攻めあぐねているようだ。

 まだ、彼女の実力を測りかねているところはあるが、恐らく瞬間的な火力という点では、どちらかというと不得手な領域なのだろう。

 "怠惰"もまた、旋回しつつ頭部、胸部など、急所らしき箇所に狙いを定めて銃弾を打ち込んでいく。

 だが、いかに正確な射撃と言えども、強化体相手にはその表面で弾丸は止まってしまうようだった。


「ちぇっ……通常弾じゃ、こんなところか」


 "怠惰"の武器である銃だが、その機構自体は現実世界の拳銃と同じのようだ。

 火薬の爆発によって得られた推進力で、弾頭を放つ。そして、単純なエネルギーは、銃弾の質量と速度に比例する。

 銃弾の質量とは、言い換えれば銃弾の大きさだ。当然、大きいほど威力は高い。構造上の差によって、生じる破壊エネルギーの特性は変わるが、本質は同じだ。

 そして銃弾の初速度は、砲身の構造と火薬の爆発が影響する。より強い爆発エネルギーを、より無駄なく伝達できるほど、それを速度へと転換できる。

 戦斗少女として覚醒し、銃の照準や対反動性能が超人的になっても、銃の威力自体は変わらない。

 そういう意味において、銃火器というものは誰が扱っても一定の威力が保証されるという利点と同時に、それ自体が威力の限界を定めてしまうという制限を持つ。


「あれあれー? 全然効いてないみたいだけどー?」

「やかましい! 黙って見てなさい!」


 手慣れた動作で、銃の弾倉を交換リロードする。

 蒼色の銃身が薄く光を放つ。"怠惰"の口元から、白い息が漏れた。

 夜といえど、気温は決して低くない。だが、彼女の周囲だけは、冷気に包まれているようだった。

 ――銃器という兵器の持つ限界。戦斗少女としての力は、その限界をも超越する。


「とりあえず、静かにしてて」


 発砲音が鳴り響き、銃口が火を噴くと、一発の弾丸が放たれる。

 それは、白銀の線。銃弾の軌跡上の大気中の水分が冷却、凝結されたことで、一筋の線を描いていた。

 着弾と同時にあがったのは、火花ではなく、白煙――正確には、空気が凍結した。


冷凍弾フリーズバレット。ただバカスカ撃つだけが銃じゃないのよ」


 液体窒素を直接浴びせたかのように、辺りを白い空気が包む。

 黒一色の巨体の一部――ちょうど巨人の腰にあたる位置が、凍結し、青みを帯びた白色に染まる。

 対象的なコントラストは色味のみでなく、暴れるような黒と、動かない白の対比にもなっている。


「ほら! あとは脳筋コンビの仕事でしょーっ!」

「そりゃ、サーフィットと"嫉妬ジェラス"のことかな……?」


 ギギギ、と。油の切れた機械のようにゆっくりと"怠惰"に振り向き、笑顔のまま頬を引きつらせる"暴食"

 よくもまあ、口が回るものだな、と私は思った。

 でも確かに、ただ言われるだけというのも――――面白く、ない。


「まあ、見せつけてやろうじゃないの。圧倒的な火力差ってのをさ」


 わざわざ"怠惰"に聞こえるような大声で"暴食"が語りかけてくる。

 ……言われなくとも、そのつもりだ。軽く目を合わせるだけで、私の返答は終了した。

 懐から端末デバイスを取り出し、拡張機能アビリティを発動する。

 眼前の敵は、言うなれば動く城壁。それも今は、足を止めてただ悶えているだけだ。ならば為すべきことは一つ。


その火は我がイグニッションコイル手中にありてオン


 両手が緑色を帯びた炎に包まれる。

 この身は、攻城兵器。壁を打ち壊す、火炎の投石機と化す――!


巨兵を墜とすメテオ手中の流星ロロギア――!」


 夜空は漆黒に閉じたままだが、このグラウンドは真昼のごとき輝きに包まれた。

 宙空に振るった拳から放たれるは、正に地上の流星。形ある炎が砲弾となって、漆黒の城塞に降り注ぐ。

 以前用いた時は牽制のためとして用いたが、今回は違う。強大な的相手に、一発たりとも漏らしはしない。

 やがて黒は、炎に包まれその色を失っていった。


 ◇ ◇ ◇


 降り注ぐ火炎の流星が、黒い巨人に尽く突き刺さる。

 かくて城壁は打ち崩され、燃え落ちる。

 シェイドは声を発しない。だが、業火に焼かれるその姿は、苦悶の雄叫びを上げているようにも見える。

 黒い巨塔に打ち込まれた無数の炎が、まるで壮大なオブジェのように揺らめいている。


 ――そのオブジェが、ゆらりとこちらを見る。

 目を持たない存在のはずのシェイドだが、この悪寒は本物だ。

 それはさながら、神話の世界に住まう、見ただけで人間を石像に変えてしまう悪鬼の視線ではないか。


「……まだ息があるっての」

「タフすぎるにも程があるでしょ……」


 呆れたように"暴食"と"怠惰"が呟く。

 無呼吸で放った連撃の反動で、肩で息をしながら眼前の炎を見据える。

 ありったけの、全力を打ち込んだつもりだった。だが、その巨躯は倒れない。

 炎に包まれながらも、触手を伸ばし、腕を振るう。

 大質量が振り回され、嵐が吹き荒れる。その身にまとわり付く炎も、吹き消されていく。

 炎が消えると、シェイド特有の起伏の分かりづらいフォルムが明らかになっていく。

 外層は破壊され、内部が――シェイドの構造など分からないが――剥き出しになっている。

 ひと回り小さくなった姿は、先程の姿よりも遥かに人型に近づいていた。


 まるで、重い鎧を脱ぎ捨てたように、巨人は攻撃を更に苛烈なものとした。

 触手による攻撃に加え、幾分か細くなったとは言え、それでも私達の身長以上の太さの双腕を振り回す攻撃は、一撃必殺の威力を秘めている。

 空間が裂かれ、圧し潰される度に轟音が鳴り響き、衝撃波が世界を震動させる。

 先程以上に、接近すらままならない状態。私たちは、竜の逆鱗に触れただけだったというのか。


「ちょっ! さっきより凶暴化してるんですけど!」

「こりゃちょっとまずいね。装甲薄くなったとは言え、もうちょっと削りたいところなんだけど……!」


 "怠惰"と"暴食"が、ステップを踏みながら攻撃を回避していく。その合間合間に刺突、銃撃をあわせるが、超高速で動くシェイドの表層は穿てない。共に攻撃が「点」であるために、高速で動く物体に対してはその威力が分散されてしまう。

 体幹部分は動きに乏しく、いくらかの有効打が与えられそうだが、間合いに近づくと同時に迎撃の触手が襲い掛かってくる。

 怒れる巨人の前に、私たちは防戦一方となっていた。


「やっば……バッテリーも、あんま残ってない……」


 "暴食"の言葉を受けて、私も端末の盤面を見る。

 戦斗少女としての稼働限界は、バッテリーの容量に依存する。このバッテリーは、自己修復や拡張機能の使用によって消費され、夜が明けるまでは回復しない。

 私と"暴食"は、先程拡張機能アビリティを発動したため、バッテリーの残量が著しく減少していた。

 このままジリ貧の状態が続けば、変身解除で戦線離脱ということになってしまう。火力に乏しい"怠惰"と"色欲"の二人では、この巨人を相手にするのは厳しいだろう。


「ちょっと……どーすんのよ……」

「絶体絶命、ですかね」


 形成は逆転し、こちらが圧倒的に不利な状況だ。 

 四対一という、数の上での利点があっても、こちらの攻撃で相手に損耗を与えられないのであれば、十いようが百いようが変わらない。むしろそれは、先の前哨戦で私達が証明してしまったばかりではないか。

 相手の攻撃は、私達の精神を確実に削り取ってくる。こちらの攻撃は、あと何百何千、何万繰り出せばよいのか果てが見えないのに対して、敵はただ一発を当てればそれで事足りる。

 戦斗少女として強化されているはずの精神力にも、少しずつ綻びが生じていく。

 空を覆う無貌の巨人。

 敗色濃厚。そんな絶望的な状況の最中にあって――


 私は、見た。


 夜天に、翻る白銀。

 それは、紫の閃光を伴っていた。

 否。紫の閃光こそが、その白銀の担い手――身の丈ほどある大剣を己が得物とする戦斗少女の姿だった。


「大剣の……!」


 天上より飛来する大剣の戦斗少女。落下しながら頭上に掲げた大剣を振り下ろし、漆黒の巨人に全体重を乗せた一撃を叩き込む。

 その刀身は肩口を捉え、暗黒の巨体を深々と切り裂く。刃を埋めても尚落下の速度は衰えず、そのまま中心に向かって降りていく。

 大剣が胸部の辺りにまで達したところで、少女は剣を振り抜き、巨人を蹴り飛ばす形で距離を開く。

 血を流さぬ存在たるシェイドの断面からは、出血はない。ただ、そこにも闇が在るだけだった。

 だが、深々と刻まれた傷跡は、明らかな致命傷だ。


「ちょっと! いきなり横からやって来て、手柄貰っていくつもり!?」


 "怠惰"が声を上げる。

 大剣の少女は一瞥だけして、無言のまま巨人と再び向き合った。

 私達のことなど、まるで眼中にないようだった。


「し、シカト……ッ!」

「前も交戦した子だね。いきなりやって来て、ハイエナのつもりかい?」


 "暴食"の問にも、少女は答えない。

 ただ一呼吸して、再びシェイドの足元に切り込んでいく。

 自衛機能により襲い来る触手を最小限の動きで回避、受け流し、避けられない分は強化された肉体で受け止める。

 皮膚が裂け、血が滲む。施されているはずの不可視の防御すら切り裂く攻撃は、少女を白い肌を朱に染める。

 完全な覚悟の上での突撃。肉を切らせて骨を断つの理念を、その身で証明するような特攻。

 懐にまで潜り込むと、そのまま下段に構えた大剣を真横に薙ぐ。大気の断裂する轟音が響き渡り、同時にシェイドの体が引きちぎれる、生々しい音が鼓膜を揺らす。

 片足の支えを失ったシェイドは、そのまま膝をつくように崩れ落ちる。

 まだ動く右の腕が高く上がり、少女の矮小な身体を叩き潰すために振り下ろされる。

 少女は姿勢を低くし、全力で駆けて、落下してくる巨大な拳を回避する。


 大剣による攻撃は、当たれば脅威だ。一撃喰らうだけで即戦闘不能。そうでなくとも、戦闘続行が困難になるほど深手を負うことになるだろう。

 そして、その一撃は防御することもできない。生半可な防御は、その圧倒的な質量の前に粉々に粉砕されるだけなのだから。

 しかし、その攻撃は大振りになる故に、回避は容易だ。

 当たらなければ、問題ない。以前の戦闘で私や"暴食"が彼女と渡り合っていたのは、その戦闘スタイルに付け入る余地があったからに過ぎない。


 だがこのシェイドのように、攻撃を回避することではなく、圧倒的防御力を以って対抗するタイプに対しては、彼女は戦斗少女の中で最大の攻撃力を有するだろう。

 その大剣の一撃で、防御もろとも切り裂き、轢き潰し、粉砕する。

 否。彼女が、このシェイドに対して最大の脅威たりうるのは、この攻撃力故ではない。


 それはきっと、覚悟の差。

 愚直に繰り返される、敵からの一定の被弾を前提とした突進。現に、少女の身体を染める赤い血は、返り血などではなく、その全てが自らの血液だ。

 皮膚は裂け、肉は抉れ、骨格にも少なからず損傷が蓄積しているだろう。攻撃を行う上で必要な筋肉、骨格は何とか生かしているが、それ以外の箇所は初めから捨ててかかっている。

 私達とて、同じ芸当ができないわけではない。だが、もはや捨て身に近いあの攻撃を敢行しようなどとは、思いもしない。


 私たちは、きっと心の何処かで思っている。

 これは戦いではなく、ただの遊戯ゲームだと。

 だが、大剣の少女にとってこの戦いは、真なる闘争なのだと。そう、その戦い方が語っているように思えるのだ。


 その戦いに、目を奪われていた。

 私のものとは、違う戦い。むしろ、これこそが戦斗少女の真の戦いなのだろうか。

 それとも、やはり彼女は特別な何かであり、結局のところ、私は普通であるという呪縛からは逃れられていないということなのか。


 気付いた頃には、巨大なシェイドはその頭を断たれ、動かなくなっていた。

 私達四人は、身動き一つ取れなかった。


 ◇ ◇ ◇


「質問、いいかい?」


 "暴食"が、静寂に割って入る。

 相変わらず、大剣の少女はその冷たい表情を崩さない。


「結果的に助けてくれたことには感謝してる。

 でも、ずっと黙ってるってのもどうなんだい? せめて、何か喋って欲しいもんだけどね」


 少女が、"暴食"と向き合う。

 互いに、武装は解除しない。その返答如何によっては、この場で戦斗少女同士の戦いが始まっても、おかしくない状況だった。


「……このアプリは、もう起動しないほうがいい」


 少女は重く、静かに。

 私の浮かれた心に冷たい釘を打ち込むように、言い放った。

 "暴食"は、やれやれといったふうに首を振った。


「意味深な発言だけど、はいそうですか、って従う訳にはいかないかな。

 曰く、この戦いを終えた暁には、活躍の度合いに応じた願いを叶えることが出来るってね。そして、その活躍は戦斗少女同士わたしたちでの奪い合いだ。

 私はそういう争奪戦には興味はないし、大それた願いを叶えるつもりもない。

 だけど、あなたが願いを叶えるために私達をわざと脱落ドロップアウトさせようと、こうやって裏工作をしているのかもしれない」


 穿った見方のようにも思えるが、"暴食"の言うことはもっともだった。

 競争相手は少ない方がいい。それに、願いを叶えられるという誘惑は誰にとっても魅力的だ。

 ましてや、このベアトリーチェの力を目の当たりにすれば、その誘惑はきっと真実なのだと信じて疑うものはいないだろう。

 きっと富も、名声も、力も。望みさえすれば、与えられるに違いない。


「信じる、信じないはあなた達の自由。でも、この力ベアトリーチェは、あなた達を確実に不幸にする」

「好き勝手言ってんじゃないわよ。なんなら、今ここであんたをぶっ倒して、ポイント奪ってから正体暴いてもいいのよ」


 "怠惰"が銃口を突きつけて、いつも以上にドスの利いた声で威嚇する。

 しかし、少女は動じない。撃つならば撃て、と言わんばかりに、大剣から手を離さず、静かに佇んでいる。


「戦うのならば、それでもいい。ただし、私が勝ったら、その端末を破壊する」


 ゆっくりと向きを変え、"怠惰"に切っ先を向ける。

 その言葉に、偽りはない。

 淡々と宣告し、粛々と実行する。そんな冷たい気迫が伝わってくる。

 気圧された"怠惰"が、一歩後退する。追撃の手はない。戦意が無いことを、既に見抜いているのだろう。


 ふと、少女と目が合う。

 紫色の輝きを秘めた瞳は、憂いと、強い意志を宿しているようだった。

 その表情は、何かを思い詰めているようで。どこか、寂しげな印象を与える。


「……もしかして、助けに来てくれたの?」


 三人が、私の思いもよらぬ発言に振り返る。大剣の少女だけが、その表情を崩さずにいる。

 自分でも何故、そんなことを口に出したのかはわからない。

 救援に来てくれた、などとどうして考えたのか。

 "暴食"や"怠惰"の言うとおり、ポイントを稼ぐために潜んでいて、いざ私達が窮地になったところで、獲物を横から掠め取ろうとしたと考えるほうが自然だろう。

 だが、自らの身を賭してまで攻撃をする姿には、そんな打算が感じられなかった。


「……警告はした」


 果たして、それは私の問いに対しての返答だったのか――

 大剣の少女が踵を返す。

 "怠惰"の銃口は、その背に向けられたままだったが、引き金は引かない。引けなかった。

 風に消えていくその姿を、ただ無言で見送った。


「……とりあえず、今日のところはこれで解散だね」


 深夜特務活動部の初活動は、成功とも失敗ともつかぬ結果となった。

 笑顔も、悔恨もない。

 ただ、言葉に表せない。行き場のない感情だけが、言葉にならないで胸の中に降り積もっていた。

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