交流-コンタクト-
「ぐ……ふ……っ!」
"暴食"の身体が痛烈に折れ曲がる。
渾身の力で打ち込んだ一撃はその胴体を確実に捉え、骨格から内蔵までを完膚無きにまで粉砕した。
追撃はしない。この一撃で、一切合切を決着したことは明らかであった。
「な、なんつぅ一撃よ……ど、胴体が千切れなかっただけ、マシだったかな……」
がは、と。
行き場を失い、込み上がってきた大量の血液を抑えきれず、盛大に口から吐き出す。
足元に、黒々とした血溜まりが出来る。随分とスプラッタな光景だが、なんとか耐えられるのは思考改造が為されている影響か。
「変身してるからこそ耐えれるけど……こ、これでも結構痛いんだよ?」
恨めしそうな目でこちらを見上げる"暴食"。
「ご、ごめんなさい……」
「はは……まあ、私達の戦闘ってこんなもんだよ」
乾いた笑いをあげる"暴食"。常人ならば明らかに絶命している状態だが、これもベアトリーチェの力の一端なのだろう。
ゲームで撃墜され、不貞腐れた子供のような表情を浮かべる。その表情は血にまみれても尚不遜だ。
「これで、私がシェイドを倒して得たポイントも奪られちゃったわけだ……序盤戦だから被害は薄いけど」
「あの……えっと……だ、大丈夫なんです?」
「お気遣いありがと……ま、ベアトリーチェでの戦闘は、あくまで異次元での仮想戦闘……変身を解除すれば元に戻るみたいだよ? もっとも、今晩はもう変身できないけどね」
「……そういうものなの? リヴァイアサン」
――言ったじゃないか。装甲が破壊されたらその場で強制退場ということ。今の"暴食"には攻撃能力はない。逆に、君もこれ以上の追撃はできない。
そういえば、以前大剣と戦った時にそんなことを言われた気がする。
"暴食"の変身が解除される。
眼前には、副生徒会長――高峰梨華の姿があった。
蹲ったまま腹部を抑えてはいるものの、先程までの出血は無く、傷跡など、まるでそんなもの存在しなかったかのような状態だ。
だが、その表情は僅かながら苦悶に歪んでいるようだった。
「あいたたた……や、やっぱ少し痛みは残るみたい……」
「ご、ごめんなさい」
「うう……オトメを傷物にした責任を取ってもらわないと、あたしゃ今晩は眠れないよ……」
「そ、そんなこと言われても」
くく、と悪戯心に満ちた笑いで、高峰は立ち上がった。
「それじゃ約束だ。君を、我が部活、もとい、同好会の部長……もとい、会長に任命する!」
「結構です」
毅然として、拒否した。
「それは認められないなぁ。君が勝ったら部長になるっていう約束だったはずでしょ?」
「そんな約束してませんってば」
「いーや! 確かにした! したもん! だから君が部長!!」
ああ。この喧しさをどうにかしようとして戦ったはずなのに、結局逆戻りしてしまった。
それは、副生徒会長というか、さながら独裁者のような気勢。私の決めた采配に一切の反逆は許さないという――でも、結局のところはただのワガママなのだが。
「……はぁ、分かりました。私の負けでいいです、負けで」
「ん? つまり?」
両手を上げて、降参の意思表示を見せる。
「入会はしますが、会長はそのまま高峰さんがやっててください」
ニィ、と。戦斗少女の時と寸分違わぬほど、とびっきりの笑顔を浮かべて
「うん! それでは、君を――"
あーっはっはっはっ、なんて高笑いを上げて、両腕を大袈裟に広げる。
深夜の、半壊した体育館で高笑いをあげる副生徒会長。まるで、悪の軍団幹部だ。
……同好会。部活モドキ、とでも言うべきか。
それが、何を目的としたもので、誰が所属していて、どういう活動をするのかなんて一切知らされていない。
怪しげな宗教勧誘の方がまだ良心的とも言えるそんなものに、いくら熱意に気圧されたとは言え――もっとも、半分以上は面倒臭さだったが――入ることを許してしまったのか。
それもきっと、今までの私の日常を。誰とも関わらない、何も生み出さない日常を、変えてくれるのではないかという、そんな願望が後押ししたのかもしれない。
そんな希望が、少しだけ。胸の中で燻っていたのかもしれない。
◇ ◇ ◇
「……ちょっと待ったー!」
笑い声が残響する空間に割って入ってきた制止の声は、明らかに第三者のものだった。
「ん? あー……来てたの?」
「来てたも何も! あんたが呼んだんでしょうが! それなのに何よ、この惨状!」
それは――五人目の、戦斗少女。
「えーっと……あー、そういえば呼んでたような……」
「メッセージ履歴見なさいよ! まったく……でも、その分だとボロ負けしたみたいじゃない?」
「ボロ負けとは失礼な。惜敗だ、惜敗。紙一重だったんだぞ、なぁ?」
私を射抜くのは、そう言え、という強い意志に満ちたアイコンタクト。
「……そうですね。あのままもう少し戦況が違っていたら、私が負けていたかもしれません」
「ね? まぁ、私のほうがセンパイだから勝ちを譲ってやったわけなのよ、ぬははははは」
……その割には、一切の手加減も配慮も感じなかったのだが。
「ふん。深夜活動部の部長が負けるだなんて、これはやっぱり世代交代の時期かしら? なんなら部長の座を私に譲ってもかまわないのよ?」
腕を組みながら、敗者である"暴食"を小馬鹿にしたような表情で、五人目の少女はまくし立てるように話す。
水色の髪は可愛らしい髪飾りでツインテールに結われ、衣装のデザインもどちらかと言うと可愛さに重点を置いている。
大きなアクアマリンの瞳も、またこの少女の小動物的というか――そう。悪魔的というよりは、小悪魔的な美貌を強調している。
これまで出会ってきた戦斗少女の中で、なんというか、一番アイドルじみているな、などと思った。
「生憎、長の座は継続でね。なんならそこの"嫉妬"を倒したら椅子はあげるけど?」
「パス。めんどくさい。さっき戦闘してきたところだから今日はもういい」
「そっかー。ま、そう言うと思ってたよ"
「ちょっ! 何勝手に正体ばらしてんのよ!」
「あっ、ごめんごめん」
――怠惰の、罪。それが、彼女の冠する
「まっ、いずれわかることだものね。いかにも! 私が
「よ、よろしく……」
見るものを虜にするような可愛らしい笑顔だった。本当、そういう番組の出演者なのではないかというくらい、迫真の演技だと思った。
――もっとも、その皮は薄皮。すぐに皮下の本性が見え隠れしていたのだが。
「何よ。自分より
「はいはいわかったわかったわかった、強キャラ強キャラ」
「敗残兵がよく吠えるわー。あーウケる」
「ぐぬぬ……」
ああ。グループチャットでその会話の九割を埋めていた「4」と「7」の掛け合いは、こちらでも健在のようだった。
「……さて。それじゃ、メンバーが四人に増えたところで、だ」
高峰が、手を叩く。
「大事な業務連絡とかをするから、そうだなぁ。今週末の土曜日に、四人で作戦会議を行うことにしよう」
「さ、作戦会議って?」
「実は色々決めなきゃならないことがあるんだよね。そもそも、部活もとい同好会の名称決定とかさ。ま、学校に申請するつもりはないけど」
「……あんた。単純に、休日暇だから遊びたいってだけじゃないんでしょうね」
「あははは! まあそうなんだけどね? でもいいじゃん。"こっち"だけじゃなくて、"あっち"でも交流を深めるのは大事なことだし」
「三年生相手とか変に気ぃ使うから嫌なのよね。そういえば、
"怠惰"の問に、一瞬言葉が詰まる。
「ま、いいんじゃないの? どうせ土曜日に会ったら分かっちゃうんだし」
「なんならここで変身解除しちゃえば?」
「"
「そこまでものぐさじゃないわよ!!」
猫のように"怠惰"が吠えた。
正体を明かす。
それが、どういうことなのか。
戦闘局面で不利になるということはないだろう。例えば、個人情報を悪用して身内を脅迫して八百長を持ちかけるとか、そういった事は可能かもしれない。
だが、そんなものは無意味だろうと思う。確証があるわけではない。しかし、この悪魔の悪戯じみた遊戯ゲームにおいて、そんな小細工が意味を成すとは思えなかった。
漠然とした思いだが、この遊戯において私たちはあくまで駒であり、プレイヤーはもっと別に――それこそ、悪魔がサイコロを振っているのかもしれない。
私のそばにも、
……正体を明かすことに対しては、もう一つの抵抗があった。
そしてそれこそが、本当の理由。
――戦斗少女は、美しいから。
平凡で、月並で、凡庸で。優れた才があるわけでなく、恵まれた容姿をしているわけでもない。そんな私が、ベアトリーチェを起動する。たったそれだけで、私は私じゃない誰かに変われる。
だからこそ、私はこの戦いを楽しむことが出来たし、この奇跡を手放したくないとすら考えている。
結局のところ、私は素顔の自分で彼女たちに会うことが嫌なのだ。恥ずかしいとさえ思っている。
"暴食"は、何故このアプリに選ばれたのだろうか。
私の持ち得ないものは、彼女は全て持ち合わせているように思う。容姿も悪くなく、むしろ美人と評するに値する。人付き合いにおいても、副生徒会長に選ばれるほどの人望を持っているということだろう。
そんな彼女と対比すればするほど、自分が惨めに思えてくる。
「また、メッセージ送るから読んどいてよね」
「はいはいわかったわよ。それじゃね、また今度逢いましょ」
夜の中に、一人。
戦いの後の高揚感は既に冷めきっていて、暗澹としたものだけが、この胸中に残った。
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