入部試験-テイスティング-

 深夜の屋上で、二つの閃光が弾けた。


 開幕一閃。"暴食サーフィット"が放つ刺突は、初撃から喉元を狙ってきた。

 ――まずは挨拶代わりだよ

 そんな意図が込められているような、必殺の一撃だった。


 咄嗟に一歩身体を引き、ガントレットでその軌道を逸らす。

 あの日、あの夜、あの時。河川敷で、大剣の少女と戦っていた時に見ていた槍術が、今は自分に向けられている。

 第三者視点で見ていたときと比べても、その槍の速さはやはり異常だと思った。

 先程弾き返したはずの槍は、一度手元に戻すという動作が欠落している。それはただの錯覚のはずなのだが、そうとしか表現できないほどの神速。

 弾いた先から、次の一撃がやってくる。私は一歩も動けず、その連撃を捌くことで精一杯だった。

 だが、神速の連撃と言えども綻びはある。常に降り注ぐ攻撃は、言ってしまえばそれだけリズムが一定しているということ。

 数十を超え、百近い攻撃を捌いている内に、目が追いついてきた。


 ――今なら、行ける。

 それは、まさに刹那。槍の先端を軽く払うと同時に、大きく一歩前進する。

 踏み出した足が地に着くよりも早く、次の一撃が放たれようとする。だが、その一撃は"既に視えている"。

 必要最小限の動作でその一撃を交わす。僅かに衣装が裂け、肌を風が切る。

 槍の刺突が届かぬ間合いに踏み込んだ。そのまま、もう一歩を踏み出さんとする。

 だが、次にやってきた一撃は刺突ではなく、横に薙ぐ一撃だった。

 野生の勘が私の身体を跳躍させ、その一撃を回避する。

 槍は、その慣性を殺さぬよう蛇のようにうねり、縦横無尽に振り回される。


「ほう、やるねぇ!」


 一点にその破壊力を集中させた刺突は確かに脅威だ。だが、私の身長の1.5倍はあるリーチを活かした振り払いは、それ以上の脅威である。

 熟練した技巧で振り回される長槍は、不可侵の制空権を作り出すに至る。迂闊に踏み込めば、ありとあらゆる角度から槍が襲い掛かってくる。かと言って距離を大きく開けば、また先程の刺突の嵐がやって来る。

 あと一歩。私の間合いに迫るには、その後一歩が遠い。

 私と"暴食"との距離間隔は、戦闘開始時より縮まっていた。だがそれでも、相手の方がやや優位な間合いのとり方だ。

 こちらが半歩踏み込めば半歩下がられ、逆に後退の素振りを見せれば容赦なく踏み込んでくる。

 常に優位な間合いを保つ――槍兵としての一般的な戦闘のセオリーを無視した攻勢。そう――戦斗少女同士の交戦は、もはや一般論には縛られない。

 相手に躊躇いが生じたならば、容赦なく踏み込み、その心の臓を穿つ。

 ただ、押し切って、勝つ。

 そんな単純で暴力的な論理を具象化したような戦闘だ。


 更に数十の打ち合いの最中、横目に屋上の柵が見えた。

 気づかぬ内に、屋上の端まで追いやられていたようだ。柵を背負い、槍を掻い潜り、流し、弾く。

 瞬間、槍の猛攻が止まる。

 それは、一秒にも満たない空白。だがその空白の間に、私は次なる戦闘の局面を思い描いていた。


 次の槍の一撃――それは、"暴食"自身が槍の一部と化したと見紛う、烈火の如き突進だった。

 槍の先端を極限の反射神経で回避するが、突進の勢いは止められない。

 人間一つ分の質量の弾丸。極力衝撃を殺すために、後ろに跳躍する。背中が柵にぶつかるが、構わない。

 痛烈な体当たりを受け、柵がひしゃげる。その勢いのまま、二人は地上十数メートルの空中に投げ出された。


「っっ―――!!」

「落下まで五秒もないが……付いて、これるか――!」


 それでも攻防は止まらない。

 空中で放った拳は槍の柄に阻まれ、そのまま"暴食"は空中で自在に態勢を変え、槍を立体的に振るう。

 攻撃の作用反作用により、歪な落下軌道を描きながら、夜の宙空に火花と攻撃の軌跡が踊る。

 落着まで、後三メートル。

 全身を独楽のように回転させ放たれた槍の一撃が自分の体を捉える刹那――槍の刃の根本。刃の付いていない際の部分を、両手で受け止める。


「げっ――!」


 そのまま受け止めれば、両の腕が破壊される。だから、勢いは殺さない。

 遠心力を載せたその一撃の、その軌道だけを捻じ曲げ、思い切り、校舎の壁に向かって、槍の担い手ごと叩きつける――!


 人間弾丸となった"暴食"は、校舎の壁に激突し、そのまま大きな風穴を開ける。

 投擲の勢いで私は地表に降り立ち、破壊された校舎の壁を見据える。砂煙が立ち込めた先は、体育館に通じていた。


「痛たたた……あーあー……見事にぶっ壊してくれちゃって……生徒会に苦情が入るわね、こりゃ」


 "暴食"は、砂埃まみれになった衣装を手で払いながら立ち上がる。

 そして、自身が粉砕したコンクリート製の壁を一瞥してから、槍の柄尻で軽く床を叩いた。


「別に、こっちの世界の器物だったら問題ないでしょ?」

「それもそっか。それじゃあ遠慮なく、ぶっ壊させてもらおうかな!」


 槍を頭上で大きく回転させ、風を起こし砂煙を払う。

 体育館には、巻き起こった暴風の音がよく響いた。

 戦闘は第二幕。次の段階ステージへと駆け上がり始めていた。


 ◇ ◇ ◇


 鋼の打ち合う音が、学校の体育館などという不釣り合いな空間に高らかに響く。

 拳技と槍術の打ち合いは、止むこと無く戦いの音楽を奏で続ける。

 そして、互いの攻撃の軌跡と舞い散る火花が、一つの芸術作品のように虚空に踊る。


 戦況は拮抗しているように見えた。

 "暴食"の連撃は相手の接近を許さず、"嫉妬ジェラス"の速度はその穂先を尽く叩き落とす。

 繰り出される刺突、薙ぎ、払い。瞬間、ほぼ同時に襲い来る攻撃を躱し、流し、弾きかえす。

 見切り、迫り、逃れ、追い、打ち合い、離れ、受け、競り合う。

 神速の猛攻は、もはやその残像しか見えない。

 疲労は感じない。むしろ、戦闘の高揚感が身体のギアを際限なく上げていく。

 だがそれは、相手とて同じこと。こちらの速度が加速するほど、相手の一撃も更に加速する。

 ここに来て、両者の戦闘は千日手の様相を見せていた。


 "暴食"が緩やかに跳躍し、距離を開いた。


「全くもってお見事。技巧には自信があるけど、疾さはそっちが上ってことね」


 長槍の柄で、肩をトントンと叩きながら"暴食"は嗤った。


「……生憎、手数くらいしか、誇れるものがなくて」


 皮肉を返しながら、呼吸を整える。

 先程の言葉には誇張もなければ卑下もない。

 現に、これほどの打ち合いを経て、私は一度も相手の身体に拳を叩きつけてはいない。

 先程のような槍を掴んで投げるなどという奇襲めいた攻撃など、二度は通用しまい。

 戦況は拮抗していると言ったが、実際にはジリ貧だ。このまま打ち合いを続ければ、先に穿たれるのはこちらの方だろう。

 速度や小手先の技術で誤魔化しても、決定的なリーチの差は埋められない。それに、階級第四位フォース第六位シックスとでは、基礎スペックに少なからず差があることは明白だ。それは、以前に片手剣の少女と戦った時に、否が応にも感じた現実だ。


 何か、きっかけがほしい。

 この戦況を打開する、そんな力が。 


「……ねえ、リヴァイアサン」

 ――どうしたんだい、いきなり。

「私にも、拡張機能アビリティって、使えるの?」


 ――拡張機能アビリティ

 かつて、河川敷の戦いで大剣の少女が見せた、ベアトリーチェの秘めたる力。

 前情報はたったそれだけ。そんな力を、今この場で使いこなせるのか?

 しかし、この状況を打開するにはそれしかない。そう、直感が告げている。


 ――そうだね。それじゃ、この状況にピッタリなものをチョイスしておくよ。

「そう……」


 リヴァイアサンが応えると、懐から強いヴァイブレーションを感じた。

 なるほど。これが、使い魔リヴァイアサンとしての仕事を果たしたという通知か。

 震源から、加工された水晶の板のようなデバイスを取り出す。

 私が普段使っている文明の利器スマートフォンは、戦闘中その姿を変える。落としたくらいでは傷一つ入らないというのは、普段使いのスマホにも欲しい耐久性だ。

 だが、取り回し方は変わらない。冷たい画面に指を這わせ、望みの機能を選択すると、透き通った盤面は淡い光を放つ。


「おっ、そう来たか」


 "暴食"が構える。だが、双方の距離は五メートルは離れており、間合いを詰めるには一歩踏み込んでこなければならない。

 それよりも早く、こちらは事を為す。

 手にしたデバイスを、カートリッジのようにガントレットのスロットに装填する。

 ガチリ、と。パーツがしっかりと収まった感触が掌に伝わってくる。


「――その火は我が手中にイグニッションありてオン


 機能を起動するための詠唱コードを紡ぐ。

 ガントレットと接続されたそれは、選択された機能を実行する。

 両の手を、猛る炎が覆う。

 燃えるような熱さを感じるが、そこに痛みはない。まるで、その炎が自身の一部であるかのように感じる。

 高ぶる感情が、炎という名の現象に昇華していく。


「だが……その炎すらも、届かなければ意味がない!」


 "暴食"が吠え、目にも留まらぬ速度で槍を振るう。

 それはまるで、紅蓮の嵐。半径2m強の、不可侵の暴風圏だ。

 こちらの攻撃を当てるため、彼我の距離を埋めるには、少なく見積もっても三歩の踏み込が必要。

 だが、私は大地に根を下ろし、軽く腰を落とす。眼前の暴威を見据え、深く、燃える大気で肺を満たす。

 ――私はもはや、接近する必要すらない。


巨兵を墜とすメテオ手中の流星ロロギア――!」


 あらん限りの力を込めて、宙空に拳を打ち出す。その疾さたるや、虚空との摩擦で火花を散らさんばかり。

 炎を纏った拳は、そのまま拳を模った炎へ姿を変え、流星の如く彼方の敵へと降り注ぐ――!


「炎の、弾丸!?」


 驚異的な反射速度で、”暴食"が飛来する炎を弾き返す。拳大の炎の塊が、槍の一撃によって音を立てて爆ぜる。

 炎というものは、一種の現象であり、物質ではない。故に、質量というものを持たない。

 だがこの炎の弾丸は、圧縮された空気を核としている。空気には当然質量がある。

 亜音速で打ち出される、極限まで圧縮された空気は、もはや鋼鉄製の弾丸と遜色ない。

 ましてや、拳大の、爆炎を纏った弾丸ならば、それはまさに砲弾の域に近い。


 今の私はもはや拳闘士ではなく、一つの固定砲台だ。

 虚空に放った拳からは、拳状の炎弾が放たれる。秒間十数発の乱打は、そこから流星の雨を生み出す。


「まるでロケットパンチの雨あられね……!」


 縦横無尽に槍を振るい、襲い来る弾丸を尽く叩き落とす。彼女は、雹雨の中でもその全てを叩き落とすことが出来るのかもしれない。

 だが、さしもの彼女も防戦一方。振り払う火の粉を払うとは言うが、今彼女に襲いかかっているのは猛火の砲弾。振り払うことは、決して容易いものではない。

 ギラリ、と。猫科の猛獣めいたその眼光が光る。

 槍を振るうその挙動が、一瞬弱まる。加速していくリズムが、一瞬の休符を刻む。


「ならば、全てまとめて叩き落とすまでのこと――!」


 ――嵐の前の静けさとは、まさにそれのことだったのかもしれない。

 裂帛の気合と共に振るわれた長槍は、局所的な竜巻を引き起こす。床板は剥がれ、抉れ、大地が巻き上がる。扉という扉、窓という窓が破壊され、建物全体を激しく震わせる。

  岩盤ごと周囲をえぐり取り、巻き上げることで築き上げた土砂の防壁。降り注ぐ炎も、その全てが巻き上がる土砂に飲み込まれていく。


「だが、小細工はここまで――」


 その直後。"暴食"の表情が、愕然に染まる。

 今そこにいたはずの相手が、居ない。

 あたりを見渡すも、周囲は自身が巻き上げた砂煙が覆っている。


(しまった……! 今までの攻撃は全て囮か――――!)


 長槍を構えるが、視界の中に敵の姿はない。

 全方位に意識を集中させるが、先程の一撃が齎した被害が、けたたましい破壊音を響かせ、注意力を乱す。


 ――その殺意は、完全に死角からのものだった。

 そう。あの火炎の連撃は、この一瞬のため。

 相手の視界から己が姿を消し、自身の間合いに接近するため。

 音もなく、炎の拳士は槍兵の懐に潜り込んだ。


 舞い上がる砂煙を吹き飛ばし、巨大な重機のアンカーのごとく、左足を渾身の力で地面に打ち付ける。

 そして、右の拳を極限まで、その握力で自身の拳をも圧壊せんとばかりに強く握り込む。

 歪な歯車が嵌り、撃鉄を起こすような荒い金属音が空間を叩く。


「"嫉妬ジェラス"―――っ!」


 今正に、自らを討ち取らんとする拳士の顔を見下ろし、"暴食"は吠えた。

 回避は不可能。如何な戦斗少女といえども、この姿勢、この状況下では、この一撃を防ぐ術はない。それは、互いにとっての確信であった。

 その刹那に見えた"暴食"の表情は、どことなく、喜ばしそうであった。まるで、接戦を勝ち抜いたゲームの勝者を称えるかのよう。


「これで――――!!!」


 鉄が、弾け飛ぶ轟音。

 渾身の右拳が、"暴食"の腹部を捉えた――

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