正体-リヴェール-

 深夜二時五十分。

 学校の屋上は常に施錠されており、生徒は入ることが出来ない。だが、今なら普通に侵入できる。

 ……屋根伝いを跳躍して、という超人的な手段でだが。


「………」


 屋上には、一人の先客が居た。

 オレンジの髪と、それと同じく夕日のように煌めく衣装。凛とした立ち姿は、その後姿すら美しい。


「……長槍の、戦斗少女」

「来たね。無口な閲覧者さん」


 屋上に気配は二つ。

 周囲を軽く見渡し、耳を澄ませ、呼吸を嗅ぎ取るが、眼前の少女以外に生命の気配は感じなかった。


「メッセージちゃんと読んでくれたみたいで嬉しいよ」

「……貴女が、第四位の」

「ピンポンピンポン大正解。よくわかったね。私は、貴女が第何位かはわからないのに」


 戦斗少女同士が対峙しているというのに、彼女は一切の戦意を見せない。

 それどころか、まるで隙だらけだ。武装もない。構えもない。一方の私は、既にガントレットを装備しており、そのまま駆け出して行くことも可能な状態だ。

 相手の真意が、分からない。


「……どうして、って顔してるね。そんなしかめっ面しちゃ駄目だよ、美人が台無しになっちゃう」

「目的は何?」

「その単刀直入な姿勢は嫌いじゃない。でも、せっかくこのヒミツの部活動を楽しんでるんだ。もっと気楽に行かなきゃ」

「ぶ、部活?」

「そうそう。なるべくなら部活申請出したいんだけどそれだとハードルが高いし……まあ、同好会ならなんとかなるかな? 戦斗少女同好会? なんか怪しげな集団みたいだな……これは没か」


 すると相手は、顎に手を当ててぶつぶつと喋りだした。

 部活? 同好会? 急展開に、頭がついていかない。

 きっと、今の私、すごい間抜けな表情をしている。


「ま、要するに。影狩りなんて言っても、私たちにとっちゃ結局はゲームみたいなものでしょ? だとしたら、最大限楽しむためには仲間が居たほうがいいだろう、ってのが私の考え」


 確かに、これベアトリーチェは刺激的なゲームだ。

 普段の自分じゃない自分になれる。普段に日常じゃない日常に浸れる。

 圧倒的な力を振るい、時には激突し、死線を潜る疑似体験。カタルシス、エクスタシー。

 否。これはもはやゲームを超えたゲーム。神のいたずら、悪魔の玩具だ。


「……その提案が、罠じゃないという保証は?」

「慎重だね。でも、それくらい慎重なメンバーが居たほうがいい」


 くくく、と少女は嗤う。


「だったら、これを証明に代えればいいかな」


 すると少女は胸元から何かのデバイスを取り出した。

 それは、私も用いるアイテム――スマートフォンが変化したものだった。

 戦斗少女に変身する際、変身に用いたスマートフォンも、その形を変える。そして、それにはいくつかの理由がある。

 まずは、戦闘に耐えうるようにするということ。拡張機能アビリティの使用や、レーダーの使用などをする上で、通常の電子機器などは過酷な環境に耐えられないからだ。

 もう一つは、個人の特定を避けるための偽装カモフラージュ。持っている機種で身バレ、などという事態を避けるためのシステムなのだろう。


 画面を操作すると、軽快なBGMが鳴る。

 すると、少女の纏っていた衣装がオレンジの光の粒子となり、空間に消えていく。

 揺蕩う炎のようなオレンジの髪も、その色を失い、宙に溶けていく。

 変身解除。戦斗少女は、ただの少女に戻る。


「こんばんわ。これが、私の正体だよ」


 再出現した黒縁の眼鏡を指で持ち上げて、いたずらそうに彼女――高峰梨華は嗤った。


 ◇ ◇ ◇


「ふ、副生徒会長……」

「お。私の事知ってるんだ。生徒会長のことは知ってても、副生徒会長は知らないなんて生徒もいるなか、感心感心」


 高峰梨華は、うんうんと誇らしげに頷いた。

 衣服こそ制服ではなく普段着――同世代にしては、大人びた服装だ――だが、その顔と眼鏡には見覚えがあった。


「変身を解除すると、本来は元の空間に戻るんだけどね。それは一種のセーフティみたいなもので、そこを解除してやればこうやって、変身状態のキミと会話することも出来る」

「セーフティ……」

「要するに、うっかり生身でシェイドとの戦闘にならないようにしてるってこと。おっと、今攻撃された私即死しちゃうから勘弁してね!」

「しませんよ……」

「そう? よかったー」


 安堵のため息を漏らすが、随分わざとらしい動作だった。 

 再びスマホを操作すると、見慣れた橙色の光が、高峰を包み込む。


「とまあ、ご覧の通り。私が、階級第四位フォースの"暴食サーフィット"」


 ――"暴食"を名乗る戦斗少女は、先程までの少女と変わらぬ表情で、微笑みかける。

 戦斗少女に変身すると、衣装のみならず髪型、そして顔立ちも変わる。

 とはいえ、私とは異なり元々整った顔立ちをしていただけに、その顔には元の顔の面影を感じる。

 だからといって、昨日の時点で思い至ることが出来たかと言えばそれは無理な話だが。


「と、いうわけで。改めて、この部活……じゃなくて、同好会に正式に勧誘する!」


 両手を天に仰ぎながら、あははは、と高笑いを上げている様は、何か怪しい軍団の指導者みたいだった。


「何をする同好会なんですか、何を」

「良い質問だね! ま、一つ最寄りのビッグイベントがあるんだけど……教えるには、入部してもらわないとね!」


 同好会なのに、入"部"なのか、というツッコミは野暮か。


「……別に、入るとは一言も」

「えーっ! せっかく来たんだから入ってよー! 一応他にも部員候補いるからさ!」

「誰ですか……」

「それは入部してからのお楽しみに!」


 その口調は、終始ハイテンションだった。

 元々、飄々としている戦斗少女だとは思っていたが、自らの正体を明かしてタガが外れたのか。もはや喧しいとか、姦しいの域に達している。


「……入りません。なんか、よくわからないですし」


 だが、この副生徒会長――今は暴食サーフィットと呼ぶべきか――は引き下がらない。

 ブツブツとこちらが訴えても、相手の耳には一切届いていないようで、太陽のような笑顔は一切乱れない。

 どうしたものか、と。この面倒臭さの塊と化した相手を、どうやって処理しようか。そんな、砕けた考えが頭をめぐる。

 だが、私のその緩みきった思考に突如、氷の刃が突き刺さる。

 ――ヒュン、と。空を切る甲高い音が鳴った。

 次の瞬間には、"暴食"の手にあの紅蓮の長槍が握られていた。


「それじゃ、さ。こうしよう。私が勝ったら、入部してもらう! そっちが勝ったら、部長の椅子をあげよう!」


 ニコニコした笑顔で囁くが、手に2m超ある凶器を構えたままなので、こちらとしては笑えたものじゃない。


「嫌ですよ……ていうか、どっちもメリット無いじゃないですか」

「部長だよ? 部長。楽しいからさ、きっと!」

「しつこいですね……私は、別に――」

「――でも、さ」


 空気が、変わる。

 寒気がするほどの、威圧。 "暴食"の放つ鋭敏な殺気が、周囲の温度を一瞬にして零にする。

 思わず身震いする。だが、それは寒さゆえではない。


「貴女も……戦闘こういうのが好きだからこそ続けてるんでしょ?」


 今までの軽い雰囲気は何処へ行ったか。

 "暴食"は、長槍の切っ先をこちらに向け、緩やかに戦闘の構えを取る。

 太陽のような美貌に、その槍の切っ先の如く鋭い笑みを浮かべていた。

 それはまるで、飢えた豹のようであった。


「もう……ずるいですよ、そういうの」


 合わせて、戦闘の構えを取る。

 迎え撃つためではない。

 自らの口元に軽く触れてみる。

 唇は、"暴食"と同じ笑みを形作っていた。


「せっかくだから。名前、教えてくれない? ガントレットの子なんて、味気ないじゃない」

「私の、名前」

「そう。貴女の背負うなまえを」


 視線と視線が交差する。

 相手の姿は、私の写し鏡だ。

 今から訪れるであろう極限の戦闘の予感に、愉悦の表情を浮かべる姿が見える。


「―――第六位シックス嫉妬ジェラス……!」


 闇の中で吠えて、二人の少女は疾駆した。

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