剣と槍-コンフリクト-

 シェイドを狩りに行くつもりはなかった。

 だが、再び床に入り、目を強く瞑っても眠気はまったく来ない。

 それどころか、胸の奥から込み上がる衝動はますます強くなり、私を外へと駆り立てようとする。


 だが、この感情は、戦闘への渇望ではない。

 もっと違う。使命感というか、義務感というか。

 外に出なければならない。何かを、見届けなければならない。

 そんな、気持ちだった。


「……リヴァイアサン」

 ――ん。シェイドの反応は、昨日の河川敷の近くにある。道は、わかるね?

「……うん」


 ベアトリーチェを起動する。

 変身を完了すると、世界のゆらぎを感じた。窓から吹き込む夜風が、火照った私の頭を冷まさせる。

 ――確かめてやる。

 窓の縁を蹴り、夜の世界へと飛び込んだ。


 ◇ ◇ ◇


 河川敷は、昨日と変わらぬ風景だった。

 昨日の戦闘の痕跡は残っていない。一夜明けて、全てがもとに戻ってしまったようだ。

 レーダーに記されていたシェイドの気配は既にない。

 代わりに、もっと鋭敏で、濃密な気配を感じる。

 ――戦斗少女の存在を、強く感じた。

 それも、一人ではない。


「戦闘中……?」


 何やら、音が聞こえる。鋼が、鋼を削るような音だ。それはまるで、昨日自分が、鋼にガントレットを打ち込んだときのような。

 音のする方向へと、静かに歩み寄る。

 暫く進む内に、私の視界に飛び込んできたもの。

 それは、紫の旋風と、橙の閃光の激突だった。


 ◇ ◇ ◇


 二人の少女の周囲には、砂煙が舞い上がっている。先程まで、打ち合いをしていたのだろう。

 今は、互いに距離を開いて睨み合っている。仕切り直しの最中ということか。

 

 一人は、昨日戦った大剣使いの少女であった。紫色を主体とした衣装と、紫色の長髪が風に揺らめいている。

 彼女と対峙しているのは、オレンジ色の衣装を身に纏った少女であった。

 夕日のように煌めく髪は荒々しく流れ、彼女から湧き出す闘志がそのまま形になって現れているようだった。

 遠目からではよくわからないが、左目には黒の眼帯が付けられている。隻眼なのか、ただのファッションなのかはわからない。だが、あの大剣の少女と渡り合っていることを考えると、その眼帯は彼女の戦力を削ぐようなことはしていないということだ。

 彼女の手には、身の程ある大剣よりも更にリーチの長い獲物が握られていた。

 それは、紅蓮に染まった長槍だった。長さは2mを優に超え、先端部分の刃が光を反射し、妖しく輝いている。

 両者の放つ雰囲気は、かなり異なっていた。

 方や、静かに、重く、暗い殺意。方や、激しく、鋭く、ギラついた殺意。

 憮然とした表情を崩さない大剣の少女に対して、長槍の少女は、不敵な笑みさえ浮かべているようだった。


 睨み合いはほんの一瞬だった。

 先に仕掛けたのは長槍の少女だった。

 両者の距離は10m近く離れていたが、瞬間で間合いを半分以下に詰め、槍の間合いに持ち込んだ。そして、その突進の速度を遥かに凌駕する超速で刺突を繰り出す。

 大剣の少女は、その突きを眼前に構えた大剣で受け流す。逸れた穂先が、紫色の髪を数本散らす。

 伸び切った槍は、大きな隙を生む。槍を引き戻し、再び構える頃には、大剣の少女は更に一歩接近することで、自らの間合いに持ち込むことが可能であろう。

 だがそれは、相手が「普通の人間」であった場合の話だ。

 先程放たれた超速の突き。それと、ほぼ等速で引き戻された槍は、慣性を完全に無視した速度で再び突き出される。

 さしもの大剣使いも、半歩踏み込むことすら出来ず、再び最小限の動きで刺突をいなす。

 そして次の瞬間には再び槍の先端が往復している。まるで、予備動作がまるっと抜け落ちたかのような乱撃であった。


 鋼同士がぶつかりあう音が鳴り響く。絶え間なく、秒速で鳴らされ続けるそれは、鋼鉄の扉にマシンガンが乱射されているようだった。だが、放たれているものは弾丸ではなく一本の槍による連撃だ。

 大剣の少女が大きく後退する。流石に、凌ぎ続けることに限界が見えたか。


 しかし、間合いを開くことを長槍の使い手は赦しはしない。更に前進し、その速度を乗せた刺突を放つ。

 大剣が、刀身でその一撃を真正面から受け止める。一際大きい音が鳴り響いた。

 姿勢を崩したのは、長槍の少女のほうであった。力を込めた突きを逸らされるのではなく、真っ向から弾き返されたことにより、一歩仰け反ったのだ。

 大剣の少女の怪力と、覚悟によるものなのだろう。刀身を盾としたまま、大剣の少女が攻勢に転じる。

 槍を再び構え、突き出すには一定の間合いが必要だが、大剣の少女の突進は疾い。あの大質量を手に収めながらも、弾丸のような速さで距離を詰める。

 だが、長槍の少女はその表情の余裕を崩さない。流れるような動作で槍を持ち直し、そのまま槍を薙ぐように振るった。

 横方向からの攻撃を受け止めると、大剣の進行が一時止まった。その刹那、返しの横薙ぎが大剣の少女を襲う。最小限の動きで攻撃を受け止め、弾き返す。

 その反動を利用して、長槍の少女は大きく後退した。両者の距離は、再び大きく開かれた。


「よくもまあ、そんなでっかい獲物で頑張るもんだねぇ。お姉さん関心だよ」


 長槍の少女は、視線を外すことなく、飄々とした声で呟く。


「だけど、手詰まりかなぁ。キミがいくら"上位スペリオル"とはいえ、武器の相性差は如何ともしがたい」


 白兵戦において、リーチの差というのはそれだけで大きな戦力差となる。

 相手の攻撃は当たらず、こちらの攻撃はいくらでも狙うチャンスが有る。互いの基礎スペックが同等であれば、より間合いの長い武器を得手とする方が有利なのは明らかだ。

 長槍の利点は、まさに間合いを制するに優位な点にある。単純なリーチのみで考えても、大剣より長い。

 そしてもう一つの利点が、取り回しの自由度の高さである。

 柄の部分の握る場所を変える、つまり、支点を変えることで、変幻自在の取り回しを行うことが出来る。

 大剣はその全長の殆どを刀身が占めるが、長槍はその逆である。大剣の支点は柄の部分のみに限られ、必然、遠心力に振り回されることになり、小回りがきかない。だが長槍は、棒術のように取り回すことでその欠点をカバー出来る。

 突き、薙ぎの両面において、槍術というものは近距離から中距離の戦闘においては圧倒的に優位な立場に立てるのだ。


「戦闘を仕掛けてきたのはそっちだ。さて、どうする?」


 じり、と。槍が、僅かに間合いを詰める。

 大剣の少女は、この劣勢の状況下においてもその表情を変えることはない。

 長槍の少女が、槍の穂先を下にずらす。

 ――狙いは、一撃決殺か。そう感じさせる、裂帛の気合が大気を震わせる。


「………起動」


 大剣の少女が、静かに呟く。

 轟、と。風が、吹き荒れる。

 全方位から、少女の構える大剣目掛けて無数の風が収束していく。引き寄せられ、圧縮された風は、もはや一つの螺旋となって大剣を包み込んでいる。


「なるほど……拡張機能アビリティか」


 長槍の少女が苦笑する。

 紫色の髪をはためかせ、大剣を腰に据えるように構えた。そして、大剣の間合いから遥かに離れたまま、極小の嵐を纏ったそれを横薙ぎに振るった。

 周囲の地面を吹き飛ばし、枷から解き放たれた暴風が、まるで龍の顎のように大口を開けて長槍の少女に喰らいつかんとする。

 

「こりゃやばいね……!」


 長槍の少女は、全力で跳躍し、退避した。

 放たれた一撃は、地面も空間も区別なく喰い潰し、そのまま直線距離にして数十メートルをえぐり切った。まるで、竜巻のドリルだ。


「あれは……」

 ――拡張機能アビリティ。ベアトリーチェのバッテリーを消耗する代わりに、特殊な能力を与えるシステムさ。

「必殺技みたいなもの?」

 ――そうだね。無制限に使えるわけじゃないけど、今の使い所は正しかっただろう。


 砂煙が少し晴れる。

 大剣の少女は、爆心地から姿を消していた。

 長槍の少女が、衣装の埃をパンパンと払う仕草をした。


「やれやれ。逃げられちゃったか……で、いつまで覗き見してるのかな?」

「!」


 その隻眼と、目が合った。


「ん……えーっと、キミは……あー……」


 相手は必死に、ど忘れしてしまった人物の名前を思い出そうとするように、腕を組んで頭を捻っていた。


「まあ、初対面だよね。キミも、私を襲いに来たの?」


 その問いに、慌てて首を横に振る。


「そっか。まあ、さしもの私も二連戦はきっついからねー。温厚な子で助かったよー」


 少女ははにかみながら頭を掻いた。

 先程までの猛獣のような殺気はどこへやら。夕日のようなオレンジ色の髪は、いまや底抜けの明るさの象徴のように揺らめいていた。


「えっと私も戦斗少女なんだよね。えっと……あー、でも、うーん……」


 再び、悩んでいるようなフリをしている。


「言っていいものかまずいものか……でもなぁ……そうだなぁ……」

「………」

「キミのさ、階級は?」

「階級……?」

「いや、流石にダイレクトすぎる質問だったか……うむむ……ま、いっか」


 槍をくるくると、バトンのように回すと、それは赤い粒子となって収納された。


「また遭う機会もあるでしょ。紹介とかは、また追ってするとしよっ」


 バイバイ、と大きく手を降って、少女は姿を消した。


「………三人目の、戦斗少女」


 河川敷を、緩やかな風が吹き抜けていった。


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