蒼瑕の日常

今日から新しい学校に来た。周りは普通の子供ばかり。誰一人として、僕みたいに傷だらけの子供は居ない。

そう……何時だって、僕が、僕だけが悪いのだ。ノロマで、要領が悪くて、汚い僕だけが悪いのだ。

そしてソレが一番正しい事実。

「おはよ〜コレから宜しくね! 私は鈴奈! 秘藏鈴奈ひぜくらりぃなって言うの!」

「宜しく。解らない事ばかりだと思うけど、困ったら相談して良い?」

「モチのロンで全然OKだよ〜✨」

「クスクス有難う」

僕の隣の子はごく普通の少女だった。

秘藏鈴奈ひぜくらりぃな。このクラスで壱、弐を争うすこぶる付きの美少女だ。

真っ黒に染め上げた黒髪は頭のてっぺんで一つに束ね、髪と同じ色の漆黒の瞳はキラキラとした虹彩を持ち、持ち主の感情の変化を解りやすく伝えてくれる。

「秘藏〜悪いけど転校生に学校案内頼めるかァ〜?」

「はーい解りました✨(笑)」

「おおきにお秘ちゃん(笑)」

「姫じゃ無いでーすクスクス」

「あっはは〜せやなぁ〜(笑) さァて授業始めるでェ〜教科書出しや〜?(笑)」

その日は先生と秘藏の漫才会話から授業が始まり、昼休みに校内案内してもらい、今は6限目が終わり、放課後。

「蒼瑕君、此処の学校に馴染めそう?」

「うん馴染めそうだよ、秘藏さんのお陰で」

「イヤイヤ私は学校案内しただけだよ?(笑)」

「鈴奈〜帰ろ〜?」

「今日一日有難う」

「うん今行くよ〜! イエイエ、コレからも困った事があったら遠慮無く相談してくれて良いからね! じゃあまた明日!!」

「うん有難う。また明日」

秘藏と別れた後、僕は家に帰宅する。少しだけでも長くあの人たちから、離れていたいけどそんな事をすれば、あの人たちが捕まってしまうかもしれない……ソレだけは絶ッッッ対に嫌だった。

自分が傷付く分には我慢すれば良いだけだし……と帰りながら悶々と考え事をしていると、後ろからカバンを軽く引っ張られて自然と後ろを向く。

そこに立っていたのは、昼間にジュースを買って飲んでいた所を偶々見てしまい、一言二言話した人が立っていた。

「え、と……どうかしましたか?」

「イヤ……」

「……………君が噂の転校生?」

「?…………へ? ア、はい。確かに今日転校してきましたけど……」

「…………怜、その位に……」

「……………何で、そろそろ夏になり掛けてるのに、長袖?」

その人が言い淀んだので不思議に思って訊こうとしたら、いきなり話し掛けられた。

どうやらその人は『怜』と言うらしい。小柄で青白いうなじが、印象的な青年だった。

「…………………………………単純に僕の趣味ですが、何か?」

「…………ふーん……」

「怜? どうかしたのか? ……ア、そうだ、コレ。お前のじゃないか?」

『怜』と呼んでいた少しヤンチャそうな青年が、僕に教科書を差し出した。ソレは僕が探していた、歴史の教科書だったので吃驚して青年を見た。

「………………………え、あッ……何で、僕の教科書……」

「道に落ちてたんだよ……」

「……………遊紗ゆさ、そろそろ行かないと……柚葉ゆうはが待ってる」

「………………………ア、有難う御座います……わざわざ…………」

「別に良い。じゃあな……」

「……………あ〜……御免、俺もう少し転校生と話したいから、先に帰っといて」

「………………………………え……?」

「OK。柚葉には俺から言っとく」

「……………有難う。ニコッ」

そう言うと、ヤンチャそうな青年は夕闇の中を歩いてった。そうして僕は、無表情の青年と二人限りで残される。

…………あぁぁ早く帰りたいんだけどなぁ……

「……………何で逃げないの?」

「………………………………は?」

「……………虐待。今の君なら警察にでも行けば、助けて貰えるでしょ?」

「………………………………生憎警察は信用して無いんで。そもそも虐待って何の事です?」

僕は時間がジリジリ近付いてくるのを感じながら、言葉を返す。

青年はジーッと僕を見た後、

「……………じゃあまた明日。俺も行く所あるしな……」

そう言って背中を向けて歩み出した。

「……………………………………ではまた明日」

僕は軽く一礼して帰路に着いた。自分の鞄に小型の盗聴器と盗聴カメラが付けられている事を、気にするでも無く……。


「…………………………………ただいま……」

「アラお帰りなさい。遅かったわねェ?」

「お帰り。今日は遅かったな?」

「…………………………………申し訳、ありません……同級生と、少し話していたものですから…………」

「良かったわ〜友達また出来たのね」

「良かったじゃ無いか。でも遅くなったのは事実だから、何するかは理解わかっているよな?」

「………………………………はい……」

やっぱり父さんも母さんも怒っていた。時間に間に合わなかったから。

僕は自室に鞄を置き、上に着ていた分厚いパーカーを脱いで、首に誕生日に貰った首輪を付けて父と母の前に鎮座した。

そんな僕を父と母は笑顔で見ると、父は僕の腹を蹴り飛ばし、母は僕を殴り付けた。

「……………ッ……」

「何で時間如きが守れないんだお前は!? 守れない悪い子にはお仕置きしなけりゃな!」

「何で時間くらい守れないの!? 私は貴方をそんな風に育てた覚えは無いわよ!?」

「……………ッ……ごめ、なさ……」

二人は僕の謝罪に耳を貸すでも無く、自分たちの思うままに僕を殴り蹴飛ばした。母は途中から熱く熱した菜箸で僕を叩き、父は煙草の火を僕の背中に何度も何度も何度も何度も何度も押し付けた。

そうして今日も僕の一日は終盤を迎え、終わっていった。

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