第5話「17年目の春」
白いボディに黄緑と紫色の帯、砂川鉄道の標準塗装を身に纏っている。ライトは貫通扉の上にブタの鼻のような形のが着いていた。間違いなく今朝入場してきた車両、キハ22-702と同じ姿をしていた。
「これが何だかもうわかるよな?」
「ええ、キハ22-702の兄弟ですよね」
「その通りだ、廃車から20年間ずっとこいつはここに居る」
その車体は20年も動いていないとは思えなかった。車体には少し錆が浮かびつつあるが窓も綺麗、塗装も廃車当時のままに見える。まるでこの車両の周りの時が止まってしまっているかのような、そういう錯覚すら覚える。
その時、大きな音を立てながら扉が開いた。
「里見の兄貴も好きですねーホント」
中からは作業着を着た20代くらいの男が出てきた。
「おい、守山。軽口叩いてないで早く準備しろ」
「さーせん、親方。すぐに準備します」
「里見、また来たのか。と言っても前に来たのは3年4組のメンバーで飲みに行った時だからもう半年前か?」
そう言って里見さんとほぼ同じくらいの歳の男が現れた。
「あの時はお前を迎えに来たんだから数えないだろ」
「あれ、そうだったか?んで、今日はなして来た?」
「この白矢にこいつを見せたくてな」
里見さんはキハ22を指した。そこで初めて気がついたのだが、車体には黄緑の文字で『701』と刻まれていた。
「お前さんは砂川鉄道の者かい?」
「は、はい。砂川鉄道車輌整備課の白矢です。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。里見が人をここに呼ぶのは珍しいな。俺は久北鉱業で石炭ば掘ってる大曽根さ。里見とは同級生でよ、たまに飲みに行ったりすんだ」
そう言って栗山は守山を連れて歩いて行った。
「こいつは特別な車両なんだ。一緒に通学するのに使ったキハ22が、今でも友達と俺とを繋いでくれる。入社後も俺がずっと整備したし、廃車後も俺と大曽根で整備してきた。だから俺はこいつをもう1回走らせたい」
「……そうですね、走らせましょう。僕も手伝います」
「ありがとう白矢、兄弟車の702が砂川の地に帰ってきた時、どうしても整備は俺がやりたくてな。701の前にまずは702を治そうって。鉄道が好きなお前ならキハ22を走らせることに賛同してくれると思ったんだ。もはや701がここにいるのを知る人も少ない。誰かに教えなきゃならない時が来たなって。いい機会だって」
そう呟く里見さんは少し寂しそうな顔をしていた。
「帰ろう砂川車輌に」
里見さんは上砂川駅に向かって再び歩き始める。
動き始めたキハ22廃車17年目の春だった。
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