外伝Ⅰ「國鉄職員 長崎の休暇」(完結済)

外伝Ⅰ第1話「國鉄職員の休暇」

夏も半分が終わり、世間はお盆休みを終えて通常業務に戻ろうかとしている。そんな中、待望の長期休暇をもらい、旅行に来ている一人の國鉄職員が居た。彼の名は長崎と言い、普段は都内の部署で勤務している。無口な雰囲気で目つきが鋭く、大柄で引き締まった肉体を持つというのが彼の外見的特徴だ。


ここは富良野盆地の中心地、富良野。北海道のほぼ中心に位置し、「北海道のへそ」と呼ばれ、観光や農業が盛んな町である。富良野と言えば、ラベンダー畑や「北の国から」のロケ地となった場所としても有名だ。長崎もラベンダー畑を眺め、ロケ地を巡り、挙げ句に富良野岳への登頂を果たした後だった。


『まもなく、17時00分発のフラノラベンダーエクスプレス4号の改札を始めます。この列車は乗車券の他に特急券が必要です』


行楽客の話し声が響く待合室に、改札開始の放送が入った。地方の國鉄線の駅は、大抵こんな具合に改札の時間が決まっており、自由に出入りできない。特に、北海道のような寒い地域ではよく見られる風景だ。別段用事が無ければ、早く入る必要があるのは鉄道マニアくらいなものだろう。國鉄でも関東の一部では自動改札機やICカードの導入が始まり、私鉄との競合に備えている。しかし、競合相手すらロクに居ない地方では導入するメリットが無いので、昔ながらの駅員が目視で確認して鋏を入れる方式をとっている。


「ごちそうさまです」


長崎は天ぷらそばを置き、改札口へと向かった。パチンッと小気味のよい鋏の音を鳴らしながら、駅員が改札を済ませていく。首都圏と比べれば客も少ないが、係員の数も少ないため、大変なことに変わりはなさそうだ。そんなことを考えていると、列の前の方から人を突き飛ばすような音が聞こえてきた。目をやると、いかにもガラの悪そうな金髪ロングの男が、改札口の手前でご老人と揉めているようだった。


「邪魔なんだよジジィ、切符くらい並ぶ前に用意しとけや」


「お、お客様、お止めください」


止めに入った改札係の若い駅員は怯えているようで、声が震えている。すると男の怒りの矛先は駅員の方へと向かう。


「なんだよ、切符くらい用意しとくもんだろ?改札口まで来て財布漁ってるのがわりぃんだよ」


「で、ですが、突き飛ばす必要は無かったのではないでしょうか……」


「うるせえよ、お前も文句つけんならハッキリと言えよ、ごにょごにょ言ってるのが腹立つんだよなぁ」


そう言い放ち、男は駅員に殴りかかろうとした。刹那、長崎は二人の間に割って入り、拳を受け止めた。


「それ以上やると完全に暴行罪になるぞ」


「なんだ、お前は」


突然現れた長崎に男は怯んだが、すぐに威勢を取り戻す。


「やるか?オッサン」


「ここで殴り合ってもいいが、君が負けて泣きわめくだけだぞ」


「んだと、やってやらぁ」


男は勢いをつけて殴りかかろうと、一歩下がる。意図せずギャラリーとなった他の乗客は、更に後ろへと下がる。挑発してしまったことを長崎は後悔した。男は助走をつけ、長崎に殴りかかる。手早く終わらせたかったので一発目から受け流し、そのまま背負い投げ。男の視界は瞬く間に上下が反転し、床に叩きつけられていた。


「だから、やめておけと」


男は無言で立ち上がり、連れと思われる女を乱暴に掴み駅員に切符を差し出す。唖然としていた駅員は正気を取り戻し、通常通り業務をこなす。 長崎の番になり切符を差し出すと、駅員は小声で礼を言った。


「ありがとうございます、助かりました」


「いえいえ、ああいうお客さんはどこでも居ますから」


管理局も違うので、向こうは國鉄職員だと気づいてないだろう。長崎は古いレールを活用した古くからある跨線橋を渡り、特急「フラノラベンダーエクスプレス4号」の発着する5番線へと向かった。

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