第六回 俺、アピール!

 細かい事は家臣に任せ、大きな決断は俺がする。

 そうした形が、岡崎城では出来つつあった。

 家康に転生し、一年。学歴だけの糞野郎だった俺も、大人の階段を登り、男として多少の自信を持ちはじめていた。もし現世に戻れたのなら、社会人として勤めていける気がする。

 立場が、人を育てる。そのありきたりな言葉は、どうやら本当らしい。

 相も変わらず、過酷な日々が続いていた。〔ドキドキ! 織田本隊を避けながらも、じわじわ三河を平定作戦〕も絶賛進行中で、手勢も日に日に膨れ上がっている。

 それでも、戦にはまだ慣れそうにない。慣れると決意したが、一朝一夕にはならないようだ。一方の家臣共は、戦となると嬉々とした表情を見せる。何かヤバい薬でもしているのか? こいつらは本当に日本人なのか? と思ってしまうほどだ。

 騙し騙され、戦に次ぐ戦。戦場では数多の血が流れている。それはいい。覚悟ある者が殺し合っているのだ。しかし、耐えられないのは無辜むこの民が巻き込まれる事だった。

 特に、女と子ども。暴行と人狩りである。一時、俺は本気でその禁止を考えた。しかし、それは絶対不変の歴史を変える行為であり、禁忌である。俺は禁止する事を諦めたが、故に天下泰平を実現せねばと思うようになり、その願いを込めた〔厭離穢土欣求浄土〕の馬印を掲げる事にした。

 そして四月。俺は、今川に明らかな叛旗を翻した。

 東三河の今川方の本拠である牛久保城に、奇襲を仕掛けたのだ。

 牛久保衆の有力家臣を調略していたので、この奇襲は皆が上手く行くと思っていた。

 しかし、城番・真木兵庫助まき ひょうごのすけの奮戦により、痛撃を与えられず奇襲は失敗。肩を落として報告に来た本多重次に、俺は労いの言葉を掛けた。

(すまん……)

 俺は重次の肩に手を置くと、激しい後悔に襲われた。

 奇襲が失敗する事は知っていた。知っていてなお、止める事は出来ない。俺は家康。そして歴史家。史実ルート順守は、何としても守らねばならないルールなのだ。

 奇襲が失敗すると、今度は三河の名族・吉良義昭を嫌がらせのように少しずつ攻めた。吉良氏は三河に於ける今川方の有力者で、当面の強敵だった。

 吉良勢は勇猛で名高く、家中でも名の知れた松平好景や板倉好重を、彼らの槍で死なせてしまった。

 二人の死は史実通りだ。それでもなお、胸に迫るものがあり、俺は泣いた。




 この日、俺は吉良方の砦を攻めていた。出陣したのは昨日で、今朝から既に二つの砦を抜いていた。

 伴っているのは、ほぼ全軍である。僅かに忠吉が、城番として岡崎に残ったぐらいだ。

「殿! 落ち着きなされ!」

 馬を疾駆させる俺を諫めたのは、忠次だった。

 珍しく、前線に立っている。周りを本多忠勝率いる小姓組に守らせてはいるが、かなり前まで俺は出ていた。

「お怒りは痛いほど分かりますが、これでは匹夫の勇ですぞ。一軍の大将がなさる事ではございませぬ!」

 そう言われ、俺は馬足を緩めた。

 俺は怒っていた。それは、今川が駿府にいる松平の縁者、瀬名を除く人質全員を尽く串刺しにしたからである。今川に叛旗を翻した事への報復。幾ら史実通りとは言え、姑息な今川のやり方に、そこはかとない怒りが沸く。

「すまん、忠次」

「いえ、構いませぬ。しかし、怒るのは家臣の務めでござる」

「確かにそうだな」

 人質を殺された事で、家臣団の怒りも沸点に達している。今は斜面を登って猛攻を仕掛けているが、その原動力は間違いなく怒りであろう。

 前線では栄生久兵衛の他、平岩親吉ひらいわ ちかよし鳥居元忠とりい もとただ鳥居忠広とりい ただひろ服部正成はっとり まさなり渡辺守綱わたなべ もりつなら体育会系武将が、血槍を振り回している。

 徳川家は、人材の宝庫だ。こうも多いと、顔を覚えるのにも一苦労である。名前は憶えているが、顔と一致しない。その際に肖像画を思い出しているが、全く似ていないのである。肖像画というものは、案外適当に書いているのかもしれない。

鵜殿氏連うどの うじつらを討ち取った模様!」

 伝令が駆け込んできた。俺は忠次を一瞥し、立ち上がった。

「よし、次は松尾砦だ。支度せい」

「殿、お怒りが収まりませんなぁ」

「怒りもあるが、ここで我らが断固たる意思を見せねばな」

 そうは言ったものの、俺が見せる相手は決まっている。

 織田信長、である。

 清州同盟。そのイベントをクリアする為に、果敢に攻めて勝ち続け、信長に組むに値する男と認められなければならない。

 織田と徳川の仲は、過去のしがらみもあり険悪である。それをどう乗り越える事が出来るのか? 史実では恩讐を乗り越え同盟を締結する事になるが、対立を乗り越えた方法までは歴史に残されてはいない。

 松尾砦もあっさりと落ち、俺は岡崎へ帰還した。

 出迎えた忠吉が、面白い男を従わせていた。

 顔は鼠と猿を掛け合わせたような顔の男で、かなり小柄である。粗末な着物を纏った姿は、まるで百姓だ。

「その者は?」

 俺は、忠吉に訊いた。

「使者でござるよ」

「そうは見えんが」

 忠吉との会話が聞こえたのか、男が歯を剥き出して笑った。

 そして男は、

「織田信長が臣、木下藤吉郎」

 と、名乗った。

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