其の九 江戸時代婚活噺
皆さん、ご存知でしょうか?
江戸時代は現代よりも、ずーっと結婚難だったのです。
よく落語に出てくる、長屋暮らしの八っつぁん熊さんといった独身男性には、嫁のきてもなく、生涯独身で過ごす者がほとんどでした。
そういう男性のために繁盛したのが吉原などの遊郭だったのです。
――では、なぜ結婚難だったのか。
早い話が男性に比べて女性の絶対数が不足していたわけです。
人間の出生性比は地域、時代にかかわらず、おおむね男女が105:100前後になっています。
江戸時代は医学が進んでいないため、妊娠出産による女性の死亡率が高かった。
また江戸城にある大奥などは最盛期には、1000人とも3000人とも言われる女性が仕えていた。
それだけではない、大名や豪商などは多くの側室や妾などを囲い、一人の男性が複数の女性を独占していたのだ。
しかも貧しい家の娘たちは遊郭に身売りしてしまう。
どうしたって結婚ができない男性が一定数出るのは当然といえよう。
そういう事情で、貧乏な八つぁんや熊さんの元に嫁にくる女なんていない。
江戸っ子の「宵越しの金は持たねえ」というのは、気風の良さを謳ったのでなく、結婚できない彼らにとって、金なんか貯めてもしょうがない。使っちゃえ、使っちゃえー、という半分やけくその心理だったのである。
*
大家の
「おめえら、いいかげん家賃を払いやがれ!」
熊の部屋でこいこいをしていると、勘兵衛が怒鳴りこんできた。二人とも三月も溜めていたのだ。
「へえ、大家さん、あっしら宵越しの金は持たねえんだ」熊がいうと、
「江戸っ子がいちいち小銭で目くじら立てるもんじゃねーよ」八もいう。
「そんな性分だから、いい年して嫁のきてがねぇーんだ」勘兵衛が痛い所を突く。
「てやんでえ! あっしらに嫁なんかくるもんか」やけくそで二人が叫ぶ。
「わしが嫁を世話してやろうか」と、勘兵衛がいったら、
「へ? 本当ですかい」
「二人ともわしについてきな」
勘兵衛についてきた二人は浅草寺の参道にある、茶店の前に立っていた。
「大家さん、お目当ての娘はここに居るんですか?」
昼時なのでは若い娘たちが忙しそうに膳を運んでいた。
「紫のたすきを掛けたあの娘じゃ」
小柄で色白の可愛い娘が紫のたすきを掛けていた。熊も八も大家が世話してくれる嫁が想像以上に可愛いのに驚いていた。
「あの娘はお
「ほ、本当ですかい? 真面目に働きまーす!」二人共、色めき立つ。
「そうか。ひと月働いて稼ぎ多い方にお清を嫁にやろう」
「がってん! 承知でさあー」
そして嫁取りを巡って熊と八は勝負になった。
怠け者だった二人が必死で働くようになろうとは、熊は大工道具を背負って、どんな遠い現場でも休まずに毎日通っていた。行商の八は朝早くから夕暮れまで、魚の干物を売り歩いていた。
ひと月後に稼いだお金を比べたら、棟上げの祝儀を貰った分だけ熊の方がほんのわずか多かったので、お清は熊の嫁に決まった。勘兵衛が仲人になって二人は祝言を挙げて夫婦になったのである。
めでたし、めでたし。
しかし数日後、熊は血相変えて勘兵衛の家にやってきた。
「お清はべらぼうな大飯喰らいだあー!」
貧乏暮らしの熊は大飯喰らいの嫁は養えないから離縁したいと言いだした。その言葉に勘兵衛は一喝した。
「てやんでえ、わしが世話した嫁が気に入らないだとこの野郎!」
「だって……並みの女の三人分は飯を食うんでさあー」
「お清みていな気立てのいい娘が何も欠点がなくて、おめえなんぞの嫁にくるもんか。あの娘は働き者だけど大飯喰らいで奉公先から暇を出されてきたんだ。一度抱いて夫婦になった女は死ぬまで面倒みるのが江戸っ子ってもんだ!」
決してお清が嫌いなわけではない、勘兵衛の言葉に熊は腹を括った。
「大家さんすまねえー。あっしが間違ってた。お清のために一生懸命働くぜい」
その誓い通り、嫁を貰って人が変わったように真面目に働くようになった。そんな熊のためにお清も精いっぱい尽くす。やがて熊は大工の
だが、しかし働き過ぎが原因で熊は厄年の前に、あっけなくこの世を去ってしまう。
かたや嫁を貰えなかった八っつぁんの方は、相変わらず吉原通いの自堕落な日々を送っていたが、それでも生気溌剌と
はてさて、熊さんと八っつぁんどっちが幸せだったのやら。
江戸時代婚活噺でした――。
めでたし、めでたし。
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