其の八 花かんざし
お鈴は数えで十二歳のときに
商いに失敗した親の借金の形に、器量良しのお鈴が家族の犠牲となった。
吉原に売られたお鈴は、
美しい花魁道中には多くの人たちが吉原へ見物客に訪れた。
今宵は
鈴音ほどの花魁になると初顔の客とは寝ないが、上客の旦那の頼みなので断れない。
山城屋が連れてきた客は若い男だった。廓の雰囲気に慣れてないせいか、俯いて小さくなっている。山城屋の旦那は鈴音と杯を交わし、新造たちの舞いを見て上機嫌だった。
今から野暮用があるからと立ち上がり、後は頼んだよと鈴音に目配せをして、男を残して先に帰ってしまった。
「おひとつ、どうぞ」
新造に酌をされて、杯をあけると男の顔はみるみる真っ赤になった、酒に弱いのだろう。鈴音が長煙管を勧めると一服吸って、激しく咳き込んだ……。
なんて初心な客なんだろう、可笑しくて、緋色の仕掛けの袖に隠れて笑ってしまった。よく見ると、男は歌舞伎役者のように端正な面差しをしていた。
酔いがまわったせいか、自分のことを話し始めた。
自分は京の
丁度、三月経って仕事が終わったので、明日には京に帰る。
最後に江戸の女を抱いていけと吉原に連れて来られたが……自分は国元にいいなづけがいるので、ここには来たくなかった――。
と、そんな話を男は京訛りでぽつりぽつりと喋る。
ふん、なんて野暮な客なんだ。
上客の山城屋の連れてきた男なので、すげなく扱うわけにもいかない……。夜も更けて新造や禿も座敷を下がった、花魁といえど、しょせん女郎なのだ。
「……床にまいりましょう」
男を誘った。
奥の間には緋色の寝具が敷き詰められ、ぼんやりと
寝所にはいると鈴音は仕掛けを脱いで、帯を解いた、襦袢ひとつになると男の肩にしなだれた。初めは身を固くしていた男だが……。
艶めかしい花魁の姿態に、震える手でその白い肌に触れた。
「きれいな肌やな、まるで観音さまみたいや」
そのまま、二人は寝具の上に身を横たえた。
「おまえ、本当の名前はなんていうんや」
腕枕の鈴音に男が訊いた。
「お鈴でありんす」
その名で呼ばれていたのは、遠い昔のような気がする。
「おっかさんが鈴の音色が好きで、ここに売られるときも鈴を持たせてくれて、寂しくなったらこれを鳴らしてお聴きって……」
ふいに鈴音の胸におっかさんの面影が浮かんで恋しくなった。自分は女郎だが、こんな豪勢な暮らしをさせて貰っている、おっかさんは達者だろうか――。
「おまえほどの花魁でも、やはり家が恋しいんだろうね」
「……あい」
「親にも会えないのはさぞ辛かろう」
優しい言葉に思わず涙ぐんだ。
「これをあげよう」
男は懐中から布佐に包んだものを取り出し鈴音に渡した。それは花かんざしだった。
まるで町娘が挿すような可愛らしい
「あちきは貰えません……」
鈴音は断った。
たぶん国元で待つ、いいなづけへのお土産なのだろう。
代わりに鈴音が手箱の中から鈴を一つ取り出し、よい音がしますと男の耳元でちりんと鳴らしてみせた。くすっと笑い男は鈴を受け取った。
「おまえの鈴を鳴らせたい……」
そういって男は鈴音を抱き寄せて口づけをした、二人は夜が明けるまで情を交わした。
「鈴音姉さん、お掃除にまいりました」
朝帰るお客を見送るのが女郎の務めだが、それも忘れて寝込んでしまった。あの客は早朝に立ったらしい、花魁を起こさないでくれというので新造が送り出したという。
「あらっ、きれい」
禿が素っ頓狂な声をだした。
枕元に花かんざしが置かれていた、昨夜の客が置いていったのだろう。
要らないといったのに……。
「それはおまえにやるよ」
鈴音がいうと、禿は大喜びでおかっぱ頭に花かんざしを挿して、はしゃいでいる。
女郎に思い出の品なんか要らない、もう逢えない男の物なんか持っていても仕方がない――。
外を見ると格子窓から、賽の目に切られた空は明るく輝いていた。
あの男は何処まで行っただろうか、ふと旅路の男のことが心によぎった。
一夜のかりそめの恋……か。
「
鈴音は布団の中で伸びをして、あくび交じりに布団から這いだした。
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