あと一歩もう一歩

@masaya0628

第1話

「ドアが閉まります。ドアが閉まります。」

無情なアナウンスが響く。

僕は肩で息をしながら動き出す電車を見送った。


大阪市JR北新地駅は夜になると神戸方面に向かう電車は、少ない。

一本見送ると大都会の大阪と言えど20分ほど待つことも少なくない。

だから毎日僕は北新地の夜の人混みを縫う様に駆け抜ける。

一歩一歩地面を蹴り一歩一歩足を前に運ぶ。

仕事でヘトヘトに疲れていても関係ない

足が動かなくても気持ちで前に出す。

僕の仕事終わりは電車とのタイムレースだ


「お疲れ様」

料理長が、皆より一足先に上がっていった。

時刻は、21時30分今なら21時43分の西明石行きに乗れる。いいなぁ

そんなことを考えながら僕は店中のゴミをまとめ一階にあるゴミ捨て場へと向かった。

「お疲れ様でーす。」

僕はビルの管理人のおじさんに言った

「おー、お疲れ!今日は、もう終わりかい」

おじさんは、一連の作業かの様に言う。

「はい!今日は、終わりです!更衣室の鍵借りていきますね!」

僕はそう言って素早く店に戻った


店に戻ると全部の締め作業は、ほぼ終わり皆タイムカードを切り始めているところだった。

時刻は、21時47分。今からだったら狙う電車は、22時丁度に出る尼崎行きだ。

ここから駅まで全力でかければ2分

改札をくぐってからホームまで1分

3分あれば狙える

帰ったら昨日買っておいたティラミスを食べようそんなことを考えていると

「黒木君この後予定あるん?2人で飲みいかへん」

一年先輩の北村夏樹が声をかけてきた。

彼女は、俗に言うモテ女だ

顔よし性格よし、スタイルよし

漫画ならヒロイン確定であろう彼女に2人でと、言われたら断る男性の方が少ないだろう。

しかし、僕にとっては彼女と2人で飲みに行くことよりも家で1人ゆっくりすることの方が遥かに魅力的だ

「すいません夏樹さん。今日地元友達が泊まりくるので帰らないといけないんです。また次回誘ってください」

僕は息を吐く様に嘘をついた。

「友達が来るならしゃーないな。ほな今度暇な時は絶対行こな。」

次もない暇はないと思いながら

「次回は、ぜひ」

と、満面の笑みで、答えた。


タイムカードを切りエレベーターに飛び乗る

ここからが本番だ。

今の時刻は、21時53分

更衣室にはいると他の店舗と終わりが被ったせいかいつもよりもごった返していた。

僕は躊躇することなく満員電車の様な更衣室に飛び込み素早く制服から着替え

「お疲れ様です!」

と、いい飛び出した。

階段を、リズミカルにかけおりエレベーターに飛び込んだ。

時刻は、21時56分ギリギリ行けるそう感じた。

チーン

エレベーターの開く音はさながらスタートのピストルの音だ。

エレベーターが、開くと同時に僕は駆け出した。

花屋の角を右に曲がり人混みの隙間を縫う様に走っていく。

タクシー乗り場を右に曲がり細い路地を駆け抜けるその路地の先を抜けると駅に続く階段だ。

階段に差し掛かると、気持ちよく酔っ払ったおじさんが並びながら階段を降りていた。

これでは、間に合わない。

時刻は、21時58分

すいませんと、声をかけようとした瞬間左のおじさんが右によろけ左にわずかな隙間ができた。

チャンス。その瞬間強く足を蹴り出し階段を飛び降りた。

まだ間に合う。再び駅に向かって駆け出した。

もっと早くもっと早くもっと早くそう言い聞かせながら一歩また一歩と足を前に出した。

改札が見えてきたら素早く財布を取り出す。

まるで駅伝のタスキのようだ。

ピッ

定期を改札にかざす。

電光掲示板をみると

22時23分新三田行きと表示されている。

間に合わなかったか。

がっくりと肩を落としエスカレーターでホームに下っていると

停車中の電車が見えた。

まだ間に合う。

勢いよくエスカレーターを、下りホームを走った。

しかし、ドアが閉まりますドアが閉まります。

無情なアナウンスが駅に響いた。


間に合わなかった

あと一歩、もう一歩届かなかった。


「さくら夙川さくら夙川です。お出口は右側です。」

結局最寄り駅についたのは、23時を回っていた。

「あー、疲れた。」

誰に訴えるわけでも自然に出た言葉は、悔しさの現れだろう。

気持ちと同様に体も重い。

ずるずる引きずるように改札を出た。

するとおじさんがやっているたこ焼きの屋台からソースのこうばしい香りと

おじさんの

「おーぼうず今帰りか?」

染み付くような笑顔が後悔してる自分を馬鹿らしく感じさせた。

明日は、今日より一歩先へ

そう思いながら

たこ焼きの屋台に一歩ふみだした。





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