第17話 花火大会

 世の中はお盆休みに入って帰省ラッシュになっていた。都会の大人達は遠く離れた生まれ故郷へ蜘蛛の子を散らしたように帰省する。中には故郷になんか帰りたくなく嫌々帰省する者もいるかもしれない。いずれにせよお墓やお寺へ行って先祖の供養をし、束の間の夏休みを過ごす。あるいはレジャーへ出かけて楽しむ。ここ釧路も帰郷者を迎え入れる側の都市ではないだろうか。花火大会が十六日に行われることもあってか、繁華街は人で賑わってきていた。

 十三日に優子ねえちゃんが札幌から帰ってきた。

 そして十五日に父さんが釧路へやってきて久しぶりの再会を果たすことになった。父さんは真っ黒に日焼けしていた。札幌へ戻るのは十九日の朝と決まった。あと四日だ。

 その夜、おじいちゃんの家にみんなが集まって食事をした。僕と父さん、おじいちゃんにおばあちゃん、優子ねえちゃんと叔父さん叔母さん、そして家族ぐるみでつき合いのある美織と美織のおばさんの総勢九名の宴だ。小さい頃に何度かこういう集まりがあって楽しかった記憶が蘇る。大きなテーブルを二つ繋げてあの頃に比べ今や子供達が大きくなって所狭しとなってしまったが、僕はこうしてぎゅうぎゅうに座って食事をすることに妙な憧れがあった。とにかく『ぎゅうぎゅう』がいいのだ。なぜかはわからない。

 畑で収穫した野菜や加工場からもらってきた海産物、浜であがった魚や市場で安く仕入れた物をそれぞれが持ち寄ってお金をかけずに家庭的に料理する。女達が忙しく動き回り男達はただ酒を飲む。そんな昔ながらの宴だ。

 父さんが美織や美織のおばさんに会うのも六年ぶりだった。あの行方不明事件で僕をみんなで捜索して以来だ。いつの間にか僕と美織がつき合っていることは皆に知れ渡っており、僕は少し気まずくなったが、美織はそんなことお構いなしでいつものように振る舞っていた。父さんには電話で美織のことは伝えていたが、改めてきちんと紹介すると、優子ねえちゃんがうちに下宿に来た時と同じように、まるで娘ができたように喜んでくれた。

 とにかくみんなが笑い合って楽しく食事をしたのだけど、ひとつおもしろかったのが、美織が優子ねえちゃんに「今度札幌へ行ったら泊めてね」とお願いして、優子ねえちゃんが「いいよいつでもおいでー」と話していたこと。それって結局は僕の家……まあいいや。


 翌日の十六日。午前中に父さんと墓参りに行ってから、午後からは花火大会へ出かける準備をして美織の家に迎えに行った。

 美織に十九日の朝に釧路を発つと伝えると、「あと三日のカウントダウンね」と言って、さらにこの夏に得たものを誇らしげに語り始めた。恋愛事ではあるが自分の夢が叶ったこと、二人で不思議な体験をして人としても成長できたこと、札幌へ進学するという目標がより明確になったこと。そのために無理にならない程度にアルバイトを始めようと考えていること。そういうようなことだ。

「だから私は大丈夫。しばらく亮くんに会えなくなるのは淋しいけど大丈夫。今度会えた時にたくさん甘える。それでいいでしょ?」と美織は最後にそう言ってやっぱり涙をこぼした。でもこっちに来て再会した頃に比べると本当に美織は成長したように僕は感じていた。一方の僕はまだああだこうだ悩んでいる最中だった。

 花火大会の会場へは僕と美織と葵の三人で出かけた。開始の二時間前には会場に到着してレジャーシートを敷いて席の確保をした。ヒロトは部活が終わってから近くのコンビニに来て合流することになっている。それまで僕達三人は買ってきたお菓子を広げてただただ話し合っていた。浴衣姿の人も多かったが夜はもう秋の始まりを感じさせる肌寒さだった。僕達は自然と体を寄せ合っていた。

「もう!そうやってずっとべったりなのね。あなた達。……この前のグラウンドでもそう。まさか親友のキスシーンを見てしまうとは思ってもいなかったわ」と葵が僕達を見かねて言った。

「えっ!見たの?」と美織が驚いて言った。

「見ましたわよ」

「うわあ。どうしよう……」と美織は恥ずかしがった。

「気にしなくてもいいわよ。美織がそういう子なのは今に始まったことじゃないんだから。……ただね。私ちょっと感動したんだ。なんて言うのかな映画やドラマではよくあるシーンだけど、あれって所詮演技でしょ。テレビの中での出来事よ。そりゃ感動することもあるけどどこかで本物じゃないってわかってるじゃない。……私、たぶんキスしてる人を間近で見たのは初めてだと思うの。しかも親友が大好きな人とキスを交わしている姿よ。あっ素敵だなって思ったわ。悔しいけど」

「……言われてみると私も見たことないかも。亮くんは?」と美織は訊いてきた。

「うーん。僕も記憶にない」

「まあ見たくて見るものでもないけど。……それに普通男子が女子にキスするのはわかるけど、美織が亮太くんにキスしてたからね。あれって私には衝撃的だったのよ。私ずっと恋愛は受け身だったから自分でもダメだなって思っていたし、正直いいきっかけになったのよね。やっぱり自分の気持ちって大切なのよ」と葵は言った。それでヒロトを花火大会に誘ったのだろうと僕は思った。

「……もう私ってば、恥ずかしすぎる」

「いいのよ、そこが美織の長所なんだから」と葵は言って美織の頭を撫でた。

 しばらくすると葵はヒロトとの待ち合わせの時間だから迎えに行くと言い出した。

「あー緊張する。……この場所、戻って来られると思うけど、もしはぐれたら花火終わったらコンビニでね」

「わかったわ。葵がんばってね」

「うん、じゃあ行って来る」

 葵はすぐに人混みの中へ消えていった。

「がんばる?」と僕は美織に訊いた。

「そう、今日は葵ががんばるの」

「ふーん」

 おかしな展開になっているなと僕は心の中で笑った。俗に言えばこんなのは『出来レース』だ。ヒロトは葵のことがずっと好きで告白をすることができないままだったし、今日の葵はヒロトに対して自分で何かを決断しようとする素振りだった。二人の事情を知っている僕からすれば結果なんて見え見えだ。もちろん僕達の誰にとっても良い方での結果だ。でも当の本人達はああでもないこうでもないと遠回りして悩んでいる。僕と美織もそうであったように……。本当は答えなんかすぐそこにあるのに……。

 そうか。答えなんてすぐそこにあるんだ。大切なものはすぐそこにあるのに自分ではなかなかそれに気づくことができない。灯台下暗しとはよく言うけどきっと僕の問題もそれだ。自分の近くに転がっていることだ。第三者からみればそんなことすぐわかるという簡単なことではないだろうか。


 葵はすぐそこのコンビニまで迎えに行くだけなのにすいぶんと時間がかかっていた。しばらくすると花火大会の案内放送が始まった。あと十分もすれば始まる。

「遅すぎやしないか?」

「きっと二人で話してるのよ。うまくいくわよ……」と美織は言って僕の腕にぎゅっとしがみついてきた。

 花火大会が始まった。最初の数発が上がってようやく葵がヒロトをつれて戻ってきた。

 周りの人達の迷惑にならないように僕達はできるだけ騒がないように注意し合った。美織は葵とコソコソ話をしてから二人で抱き合った。美織が僕に耳打ちしてくれた。

(ヒロトから話があるって言われて、ずっと好きだったって告白されたんだって。葵もずっと気になっていたからつき合って欲しいって言ってうまくいったみたい)

 それを聞いて僕はヒロトに握手を求めた。ヒロトは頭を掻いて照れくさそうに握手してきた。

 真ん中に美織と葵が座って、僕とヒロトは両端に座った。横一列にくっつき合い、形は違うけど秘密基地内で話し合ったあの頃と一緒になっていた。

 僕は美織の手を握り、美織は僕の肩にもたれかかる。葵はヒロトの左の手の上に右手を触れさせているように見えた。

 あと三日でみんなとも釧路ともお別れだ。十七歳の夏もこれで終わりだ。

 花火は大輪の花を咲かせてはパラパラと消える。僕達の儚い夏を描いているようだった。

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