第14話 数学のノート

 翌日。午前中にここ数日分の洗濯をして、お風呂場とトイレを掃除し居間に掃除機をかけた。とにかく何かやっていないと午後まで落ち着かなかった。

 トオルからの速達郵便が届いたのは午後一時だった。丁寧に二重三重に梱包され迷い玉には傷一つ付いていなかった。かなえちゃんの迷い玉は僕達のよりも少しくすんでいるように見えた。僕はかなえちゃんの迷い玉と、仏壇の引き出しから母さんの迷い玉、そして自分の迷い玉をもって美織を迎えに行った。

 僕達は急いでホタル丘へ向かい、昨日と同じように理の門を進んだ。

 斉藤天狗とかなえちゃんは草原に座って川を眺めていた。

 僕は斉藤天狗にかなえちゃんの迷い玉を渡した。

「よくやったぞリョウタ!とにかく話はあとじゃ。急がねば」と斉藤天狗は言って、かなえちゃんに迷い玉を渡していくつか大事なことを説明した。かなえちゃんは美織に懐いて手をつないでいた。美織はかなえちゃんの頭を撫でている。僕達には見えないがかなえちゃんにはもう出口が見えているはずだ。

「それじゃお別れじゃ」と斉藤天狗は言った。

「ミオリお姉ちゃんまた会えるかな?」

「また会えるわよ必ず。気をつけて帰るのよ」

 そう言って美織はかなえちゃんとつないでいた手を離した。

「かなえちゃん、気をつけるんだよ」と言って僕は手を振った。

 それから斉藤天狗は出口と思われる場所まで行って、かなえちゃんのおでこに手をあてた。

「あれ?ここは?あのお姉ちゃんとお兄ちゃんは誰?」とかなえちゃんは斉藤天狗に言った。

「気にせんでいい。ただのワシの友達じゃ。さあ行くんじゃ振り返っちゃダメじゃぞ」と斉藤天狗は言ってかなえちゃんの背中を軽く押した。

 かなえちゃんは岩肌の壁の中に消えていった。

「よかった……でも私のことはもう……」と言って美織は手で口を押さえた。

「記憶を消したんですか?」と僕は斉藤天狗に訊いた。

「そんな大それたことはワシにはできん。ただの暗示じゃ。ここのことは忘れてまっすぐ家に帰るようにとな。ふとしたきっかけでいつか思い出すじゃろう。さあワシらもここから出よう」

 僕達三人は光っている出口を通ってホタル丘へ到着した。ホタル丘へ着くと斉藤天狗は僕達に昨日座った石に座るように言った。

 その時、石段の方からジャラジャラと音が聞こえたので僕はお稲荷さんの陰からちらっと下を覗いてみた。

「誰か石段を登って来ます」と僕は斉藤天狗に伝えた。

「やばいよ、斉藤さん隠れなきゃ。あっ、普通の人は見えないのか」と美織は動揺して言った。

「どれ……彼奴なら問題ない」と斉藤天狗は気配だけを探って僕達に言った。

 登ってきたその男は見るからにチンピラの風貌で背が高く年齢は二十台半ばだろうか。ノートを丸めて脇に挟み、チェーン付きキーホルダーをベルトに引っかけ鍵をジャラジャラ鳴らして近づいてきた。僕は美織を後ろに回らせた。

「なんだてめえら、ガキがこんなところで!さっさと帰れ」とその男は僕らを見るなりに吠えた。

「その子らはワシの客じゃ」と斉藤天狗が奥の方から言った。

「……へえ、これはこれは。斉藤の爺さん久しぶりじゃねえか。いつも隠れて俺のこと見てるんだべ?出てくるなんて珍しいじゃねえか」とチンピラは言った。

「お前に会うためじゃない。その子らに用があるだけじゃ」と斉藤天狗は言った。

「ほう……ってことは、こいつらにも見えるんだな。ハッハッハ。こりゃあいいこと教えてもらったぜ」

「牛島よ……。何度も忠告しとるがそこに入るのはもう止せ。そこはそういう場所じゃない。何かあってからじゃ遅いぞ」

「わかってますよって。でも俺にも色々あるんですよってな。んじゃ急ぐから爺さんまたな。おめえらも今度ゆっくりな」

 チンピラは不敵な笑みを浮かべてジャラジャラと音を鳴らしながら理の門の中へ入っていった。

「さてと、こっちに座りなさい」

「あの人……。牛島って漁師仲間の……」と美織が言った。

 僕は昨日と同じようにタオルを敷いてから美織を座らせて僕も隣に座った。そういえば漁師仲間はもう一人いたが僕は名前までは気にしていなかった。

「そうじゃ。漁師仲間の孫じゃ。牛島もお前達と同じようにここの門を開いた。あいつには関わるな。人それぞれに人生というものはある」

 僕は何かあるなと思ったが、今は自分のことを優先させたかった。

「まずはワシからも礼を言うぞ。あの子も今頃は家に戻っただろう。二人のおかげじゃありがとう」

 僕達は顔を合わせてニンマリした。

 それから僕は母さんの迷い玉を取り出した。

「斉藤さん、もう少し教えて欲しいことがあります。これです」と言って斉藤天狗に母さんの迷い玉を見せた。

「これは僕の母さんの迷い玉のようです。仏壇の引き出しにずっと入れられていました。その昔、母さんも子供の頃に理の門の中へ入ったんですか?」

「えーー!、亮くんのお母さんも……」

 斉藤天狗はしばらく顎髭をさすっていた。

「……そうじゃ。子供の頃にリョウタと同じように門を潜り、橋へ行ったようじゃ。ただ長居はすることなくすぐに戻ってきたからワシがその迷い玉を渡して家に戻した」

 家に戻ってから仏壇の引き出しに……ということか。

「……可能性の話ですが、これを昨日見た母さんに渡すことはできますか?」

「それは可能じゃ。迷い玉は元々こちらの世界の代物だ。あそこの門にたくさん光って埋まっておるじゃろ。あれにワシらが念を吹き込んで実体の世界でも存在する物にし、その者が持つことでこの地への出口と呼応させるようにさせたものじゃ。つまり、元々こちらの世界の物だからお前の母さんに渡すことは可能……。しかしそれを渡してどうする。リョウタの母さんのことはよく覚えておるが、昨日も見ただろ。向こう岸にいた意味はわかるじゃろ」

「……はい。わかります。ただこれを渡せば出口が見える。出口を通れば理の門の外まで来られますよね。もちろん実体のない魂ですが……」

「おそらくは……」

「……それと昨日の話ですが、母さんは向こう岸から橋には入れないようでした。どうしてだと思いますか?」

「そうじゃったな。……あくまで推測に過ぎんが母さんの問題ではなくリョウタの心の問題じゃないかと思う。あれは自分自身の記憶の橋だからじゃ。おそらく自分自身の中に流れを塞いでしまっているようなものがあるのではないだろうか。ダムが水の流れを塞き止めているようにな。それを取り除ければあるいは……」

「僕自身で流れを塞いでいるものですか……」

「お前達にも言っておくが、その門自体は迷い玉さえ持っていれば危険な場所ではない。昨日はそれを教えるためだけに入ったつもりじゃったが、あの子がいたもんじゃから大変なことになってしまった……。あの橋には近づかない方が賢明じゃ。いずれにせよ、あの門に入ることがあればワシを呼ぶんじゃ、いいな。一人では入るでない」

 ジャラジャラという音が聞こえたので門を見ると牛島が中から出てきた。僕達には興味を示さずノートを見ながら石段を下りていった。それから僕達も斉藤さんに別れを告げて石段を下りた。

 これで十一歳の夏に起こった僕の神隠し事件の謎はおおよその部分で解明した。しかし最後の最後でモヤモヤとした気持ちを引きずっているのは確かだった。自分自身で流れを塞き止めているもの、塞いでいるもの、何を破壊すればいいのか。とにかく正常な流れにさえなれば母さんと接触できる。そうすれば母さんの迷い玉を渡すことができる。僕にはひとつの考えが芽生えていた。それを可能にするにはまず僕自身の問題をクリアする必要がある。


 夕方のテレビのニュースでかなえちゃんは無事帰宅したことが伝えられていた。

 翌日の新聞記事ではこう伝えていた。


『札幌市豊平区で行方不明になっていた小学四年小島香奈絵ちゃんが昨日午後二時に無事自宅に帰宅。現在は病院にて検査を受けているが健康状態は良好とのこと。関係者によると香奈絵ちゃんは自宅まで歩いて帰宅し、川の見える場所で顎髭のある男性の老人、ミオという名の高校生くらいの少女、それに男性(詳細不明)の三人に会っていたと証言しており、警察では誘拐目的の事件であった可能性もあるとして、豊平川周辺の捜査とミオという名の少女の足取りを追っている』


 美織が飛んできたのは午前九時半だった。

「亮くん、おっはよー!ねえねえ、この新聞見た?私のこと半分だけ覚えててくれたんだよ。ミオって」と言いながら美織は嬉しそうに新聞記事を差し出してきた。

「そうだね。さっき見たよ」

「亮くんは、詳細不明だって……詳細不明」と言って美織はゲラゲラと笑い転げた。

「うるさいな。僕だってがんばったんだぞ」

「ごめんごめん」と言って美織はグッと堪えていたがすぐに吹き出してまた笑い出した。

 やれやれ。

「とにかく無事に戻ってよかったよ」と僕はため息混じりに言った。


 それから美織は部活へ行くまでうちに来ないか?と言うので、僕は家着を着替えるために美織と一緒に二階へ上がった。

「あれ?これ参考書とかも持ってきてたんだ。さすがね」と言って美織は段ボールの中の手つかずの書籍類を見ていた。こっちに来て勉強なんて一切してなかったから僕はその存在すらすでに忘れていた。

「げっ、何この汚い字。うわー。本当に南高生なの?あれ?これ数学のノートじゃない。文章ばかりなのに……これって……」

 僕は洗濯をしたTシャツに袖を通し、うるさいなと思っていた。……数学の。……数学の。あっ。

「あっ!ちょっとまったー」と言って僕は片方の腕だけ通したTシャツ姿で美織を制止したが後の祭りだった。

「これってヒロトのことが書かれている」

 美織は僕が列車の中で書いたヒロトとの思い出のページを見ていた。字がとても汚いのは列車の中で書いたからだ(といっても大差はないのだが)。

「いやわかったから、もう返してくれ」

「駄目よ!隠し事は私嫌いよ」と美織はいつもと同じうるうるした目をキリっとさせて言った。その目は秘密基地を作っていた僕達に、何をしているのか教えて欲しいと行って来たあの時の美織の目だった。

「……わかった。じゃあこっちの汚い字のページはいいから、それより前の綺麗な字のページは読まないでくれ。僕にも恥ずかしいことはある」

「……どっちも汚いじゃない。まあいいわ。それよりそのTシャツ姿なんて恰好してるのよ。とにかくきちんと着替えて行きましょ。これは私が預かってあとで判断を下すわ」と美織は言ってぬいぐるみでも抱き込むように数学のノートを胸に押しつけて両腕で抱えた。

 僕は着替えてから叱られた子供のように後をとぼとぼとついて行って美織の家まで辿り着いた。おばさんは仕事で居ないようだった。僕は仏壇に手だけを合わせてから美織の部屋に上がった。部屋はいつもの美織の匂いで充満していた。美織は飲み物を取ってくると言って、数学のノートを抱えたまま下へ行った。やれやれである。

 戻ってきた美織はオレンジジュースの入ったコップを二つテーブルの上に置いて、数学のノートは勉強机の上に置いた。それからCDラジカセをごく小さなボリュームでかけた。去年発売されたスピッツの『空の飛び方』というアルバムだった。

 美織はベッドに腰を掛けていた僕を押し倒して抱きついてきた。僕達はベッドの上で横になり抱き合ってキスをした。

「こうしたかったのずっと」と言って美織は甘えてきた。

 僕は数学のノートが気になっていたが、今は考えるのを止めた。それからも僕達は抱き合って今までになく激しく何度も何度もキスをした。僕は『この先の行為』をずっと考えていた。ペニスはいつものように勃起しいつでも彼女の中に入る準備はできていた。でもそれは今じゃないというのはわかっていたし、今はこうしているだけで十分だった。

 アルバムの何曲かが終わって次の曲になって美織は口ずさみ出した。

「私この歌好きなんだ」と美織は僕の頬におでこをくっつけて言った。

「空も飛べるはず」と僕は曲名を言った。

「なんだ亮くんも知ってるの?まだあんまりメジャーじゃないから知らないと思ってた」

「去年友達に貸してもらったんだよ。カセットテープでよく聴いている」

 僕達はそうやってひとつひとつ共通項を作っていった。夕陽を見た公園でのこと、斉藤さんとのこと、理の門でのこと、他にも少しずつそしてたくさん。

 美織は僕にジュースを取ってくれて勉強机から数学のノートを持ってきた。それからまた猫のように体を擦りつけてきた。

「ねぇこれいつ書いたの?」

「授業中と釧路へ来る列車の中。えーっと、この先は読んでもいいけど、これより前は読まれたくない」

「どうかしら。もう観念した方がいいわよ。それにしても汚い字ね。おもしろい字」

 僕もこの頃にはもう諦めの気持ちになっていた。どうせ今となっては読まれて困ることなんてほとんどなかったからだ。ただ僕が恥ずかしいというだけで。

 僕は美織の髪を触りながら彼女の甘い匂いと温もりでウトウトし出していた。

「えっ、えっ、これ本当なの?」

 美織の騒ぎ声に僕は目を覚ました。

「ヒロトって葵のこと好きだったの?」

 大事なことが書いてあったことを僕は思い出した。

「……そこに書いてあるだろ。誰にも言わないって。だから僕は何も言えない」

「そうね。私が勝手に見たことにしてあげる。事実そうだし」

「変に焚きつけたりするのはよくないよ。もう六年も前の話だ」

「うん、わかってる。でもね、まあいいや」

 それから美織はまた読み続けた。時刻はまだ十一時だった。僕は心地よい日だまりにいるようにまたウトウトし出していた。

「へえー。こんなことがあったんだ。いいね男の子同士って。ゴリラ爆弾も爆発せずに済んでこの町も平和だった」

「ハハそうだね」

「それと花火大会か……今日葵に電話してみようかな」

「葵に?」

「なんでもない、こっちの話。それより亮くんはお盆までこっちにいられる?」

「本来なら色々わかったことだし早めに帰った方がいいんだろうけど、まだモヤモヤする事が残ってるんだ」

「お母さんのことね」

「うん。それに、僕もその……美織と……」

「私と?」

「……まだまだ一緒にいたいからお盆もいると思う」

「よかった。ありがと」と美織は言って僕にキスをした。

「あー私、亮くんのこと大好き」

「……どんなところが?」と僕は意地悪っぽく質問した。

「うーんそうね。昔から一緒とかそういうの抜きにして、そう、この前家にカレー食べに来た時あったでしょ、あの時亮くんはじめに仏壇にお線香上げてくれたでしょ。嬉しかったんだ。今日も手合わせてくれてて。そういうところかな。私だけじゃなくてお母さんや死んだおばあちゃんや、斉藤さんとかにも。色々周りのこと見えてる人だから。ほら私って単細胞だから亮くんなら亮くんって感じでしょ。まっしぐら。だからそういうところが好き……。あと、……変に思わないで聞いてね」

「うん」

「不思議に思うの。亮くんって私にとって最高の人だけど、もしそうじゃなくても普通にモテないようには思えないのよ。顔だって悪くないし、優しいし、頭もいいし……。でも自分ではモテないって言うでしょ。何故なんだろうって。葵も格好良くなったねって言ってたし」

「うーん。顔とかは好みがあるだろうけど……、僕は昔もっとやんちゃだったと思うんだ。活発だったというか。だからクラスでも目立つ方だった。でも神隠しの件以来、僕自身も周りの見る目も変わったというのはあるんだ。それでいじめじゃないんだけど、変な噂が立って少し孤立した時期があった」

「え?どういうこと?」

「ほら神隠しで二日もいなくなったのが新聞にも出ちゃったから、変質者にさらわれていたずらされてたって噂になったんだよ。性的いたずらって意味でね。小学五、六年や中学生だとそういうのってあるだろ」

「そ、そんなのひどいよ」

「まあね。でも自分でも覚えてないことだから、もしかしたらそうかも知れないと思う自分もいたし、それに発見時に射精もしていたしさ。だから無意識に目立たないように生活していたところはあったと思う。でも、トオルがいつもそういう奴らから守ってくれてたんだ。トオルは腕力もあるし短気ですぐ手を出す。その上、クラス一の秀才だったから、一目置かれる存在だったんだ。それで男子の間ではうまくやれていたけど、女子はやっぱり敬遠していたと思うよ。まあ高校に入った頃には人間関係も変わったしそういうことはほとんどなくなったけどね」

「ごめんね、嫌なこと思い出させちゃって」

「別になんでもないよ。そういう事実はなかったんだ。記憶の橋でもちゃんと見えたから大丈夫だよ。ただ、かなえちゃんは心配だよ。同じ目に遭わなきゃいいんだけど」

「そうよ。女の子だし、変なこと言う男子いるわよ絶対」

「そうなんだ。トオルみたいな人がそばにいればいいんだけど……」

「かなえちゃん大丈夫かな。……あっ、ねえ、もしかして今の話って、斉藤さんの言ってた亮くんの心の中で塞いでる部分じゃないかしら?」

 斉藤天狗の言葉を思い出していた。僕の心の中で塞き止めているもの、塞いでいるもの。

「確かにゼロではないかもしれない。でもまだよくわからないな」

「そうね。焦る必要はないわね」


 それから二人でパンケーキを作ってお昼にした。パンケーキぐらいは僕でも簡単にできるものだったけど、母子二人で育った美織はさすがに慣れた手つきで要領よくこなしていた。少なくとも優子ねえちゃんよりはずっと上手だった。二人で作ったパンケーキはいつも以上に美味しく、くだらない話をして笑い合いながら食べた。

 食べ終わって僕は後片づけをし、美織は部活へ行く用意をして例の制服に着替えてきた。やはり美織の制服姿は僕には眩しく映った。美織は自転車で学校へ行くというので、家の前で別れて僕はおじいちゃんの家に戻った。戻ってから何するわけでもなく、僕の『塞いでいるもの』について深く考えていた。それがダムであるなら特大のハンマーで叩き割り決壊させて流れを元通りにしなければならない。では何を壊せばいいのか。小中学校時代に受けた孤立した感情だろうか。たしかにトラウマとしては心を塞ぐ何かに該当しそうではあるが……。美織との関係だろうか。僕と母さんの間にある何かだろうか。あるいは父さんとの間に。結局どれもが少しずつ関係がありそうで堂々巡りするばかりだった。悩み考えているうちにいつの間にか眠気に襲われて少し昼寝をした。

 目を覚ましてから僕はおばあちゃんと夕食の用意を手伝って、おじいちゃんとおばあちゃんの三人でたっぷり時間をかけて食事をした。

 夜のナイター中継は巨人の松井がでかい逆転ホームランを打って、そのバッティングについて掛布が解説をし、他球場の途中経過ではイチローが四打数三安打であることを伝えていた。それはあの頃と時代は変わり新しいスターが生まれていることを伝えているようでもあった。

 おじいちゃんとおばあちゃんは順番にお風呂に入って、ナイター中継が終わるとすぐに就寝した。僕は残っていたものを後片づけしてからシャワーを浴びた。シャワーを浴びていると頭の中に昼間の美織とのシーンが蘇ってきた。ペニスは瞬く間に脈打ち自然とマスターベーションを始めた。快楽が全身を貫きペニスはさらに固く大きくなり上下運動はより激しくなった。まだ見たことのない彼女の裸体が脳裏に浮かぶと、上下運動は最高速に達し今までにないほどの快楽とともにすぐに頂点に達した。射精の第一波がとてつもない勢いで飛び出し、それでも僕は緩めることなく上下運動を続け二波、三波と放出し続けた。これまでにない量の精液が辺りに飛び散っていった。それでもなお無意識に上下運動は続き四波、五波と放出を続け、動きを止めてもドクドクと自然に溢れ出てきていた。信じられないほどの精液の放出だった。こんなに多くの精液を出したことは今までにないことだった。ペニスはピクンピクンと小さく上下に動き今もなお高くそびえ立っている。

 我に返って、こんなに精液が出るものかと辺りを確認した。やはりとんでもない量であるのは間違いなかった。ふと初めて射精したホタル丘での出来事を思い出していた。夢精だったため記憶はもちろんない。しかし小学五年生が放出した精液とは思えないほど下着を汚していた。とにかくたくさん放出した痕跡が残っていた。あの時、僕は子供時代の感情を最大限に放出し、子供の心を捨て去ったことで大人の目覚めが訪れた。そして大人になったばかりの僕はありったけの精液を初めてこの世に放ったのだ。

 そうか。

 心に塞がっているものは壊すだけじゃ駄目なんだ、それを捨て去ることで新しい何かを目覚めさせることなんだ。

 往年のスターが引退しても、また新しいスターは生まれるように。

 古い物を失っても、新しい物が生まれるように。

 僕の心の中にある『捨て去るもの』を除去できれば新しい何かが生まれ、流れは正常に戻るのではないか。

 僕はそういうひとつの仮説に辿り着いていた。

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