星降る街
”大切な人のお星様、作ります”
そんな看板を街中で観かけることが多くなった。もう夏も終わりに近づいた、ある夜のことだった。僕はふとその言葉に誘われて、とあるビルの一室を訪ねた。
訪れたビルの一室は、どう観ても技術畑で働いている人たちの集まりで作ったという感じの事務所兼作業場で、部屋の一角の応接コーナーで、客の応対をしているようだった。
僕の応対にでたのは、まだ若い、職工というよりも見習いという感じの青年だった。
僕はだされたお茶を少し口に運んでから、やや言い難そうに言葉を切りだした。
「あの……本当に大切な人の星を作ってくれるんですか?」
青年は僕の様子をちょっと観てはいたものの、なにやら事情は飲みこめているという感じの口調で、
「もしかして、誰かを亡くされたとか……いえ……そういうお客様が多いんですよ。もちろん生前に作っておかれる方もいるんですけどね……でも、人は亡くしてからはじめてその大切さを知るというか……まぁ、そういうお客様が多いもので」
僕はこの青年の、全てを承知という態度にちょっとムッときたが、それでもアイツのことを忘れないためにも、アイツとの思い出を星に託せたら……そんな想いで言葉を続けた。
「ええ……実は去年、事故でね……もう五年になるんです……アイツと知り合ったのは……いいヤツでした……僕にはもったいないくらい……」
僕はアイツのことを少し思い出してしまい、言葉をつまらせた。いいヤツだった……本当に……
「いいですよ。うちも仕事なんで作りますよ。お客様の思い出を形にするのが商売ですし、それにいつまでもこの都市の星空に残る星を作るのが我々の仕事ですから」
僕の気持ちをわかってかわからずか、青年はきわめてビジネスライクな口調でそう答えた。
でも……星を作るって……
「星って……どうやって作るんですか……?」
僕は疑問を口にだしてみた。だが、青年は……
「それは企業秘密ですのでいえません。まぁ、行政との兼ね合いもありますので、その点のご質問にはお答えできないんですよ」
「……わかりました」
僕はよく事情を飲みこめずに青年の言葉を信じることにした。行政、という言葉に信憑性を感じたのかもしれない。政府も関係しているのであれば、本格的なプロジェクトの一環かもしれない。
仮に、これが体のいい詐欺だとしても、僕の気持ちも少しは安らぐ。アイツのことを忘れないためにも、僕もなにかをやっておきたい……
「では、ご注文内容の検討に入りましょうか。まず星ですが、一等星から六等星までが存在し、肉眼で観れるものは三等星までが限界だと思われます。それに位置ですが、どの辺りがいいですか……」
僕は青年のいうがままに、星の詳細を決めていった。星の輝きや位置によって、料金が違うらしい。
僕は数十万の代価を払い、1つの星を買うことにした。星1つに数十万というのは決して安い出費ではないが、それでもこの街の夜空にアイツを思い出す縁(よすが)が浮かび続けるのであればそれはそれでいいのかもしれない。
「……では、契約はこれで完了です。来月の十五日、ちょうど十五夜の晩から、お客様のご契約した星は、南の空に輝きます。その星は天頂にかかり、やがて西の空へと消えていく、というパターンで運行されます。よろしいですか?」
僕はこの契約で了解し、部屋を出て、街に戻った。
ふと夜空を仰ぎみる。今日も満天の星空が、それでも街の灯りの中では影を薄めながらその輝きを発していた。
9月15日。
アイツの星が浮かぶという日だった。
僕は街外れの、街灯の少ない場所に急いだ。
そして観た。
それは南の空に厳然と輝いていた。僕の契約通り、七色に偏光する輝きを放ちながら、ゆっくりと天頂に向かって進んでいるように思われた。
僕はアイツの名前を呼びながら涙した。アイツは、まだあそこにいる。僕はそれを思うと涙を流してアイツの名前を呼ぶより他、なにもできなかった。
「今日もいい星ができたなぁ……」
ビルの一室でコンピューターのモニターを眺めていた青年は、そんな言葉を一人ごちた。
青年の後に一人の年配の技術者らしき男がやってきて、満足げな笑みを浮かべる青年に話しかけた。
「すでに大気汚染の進んだこの地球上にあって肉眼で星空を観ることは決して叶わないことです。それを我々の開発した投影装置……いわばプラネタリウムと同じ原理ですが……それを利用することによって、汚染された大気をスクリーンにして投影することによって、模造品の星空を作りだす……政府との共同開発によって行われたこの極秘プロジェクト、成功ですね」
技術者の言葉を受けて、青年は口元を歪めてなにやら小悪魔的な表情を浮かべながら言葉を返した。
「まったくですね。僕の父が開発した新型プラネタリウムの基礎理論がこんなところでこういう形で役に立つとは思わなかった。星を作る、というのも、レンズを作り調節すればできること……それを知らずに後生大事に自分たちの星だというお客様方は……いや、いいすぎですね」
青年の苦笑を気にすることもなく、技術者は窓辺にいき、夜空を眺めた。
「でもね、私のまだ小さい頃は本物の星空を眺めることができました。もう大気汚染も進んでいて、オリオン座ぐらいしか肉眼で観ることができなくなっていたが、それでも本物の星空をね……もう、この目で本物の星空を観ることはできないのかな……」
技術者の言葉を聴いてか、青年はある曲を口ずさみはじめた。それは、青年が生まれるずっと以前の映画の音楽だった。
星に願いを……
もう、この時代には叶わないことかもしれない。しかし技術者にとっては、その曲は古く懐かしく、心に奥底に響いていた……
それはいつもの日常に パンプキンヘッド @onionivx10
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