第43話 知るが仏



 ————約半年前、東京の事務所に戻ったオレを一番に迎えてくれたのは、母さんと日比野社長だった。



「母さん……」



 それは初めてのことだった。

 母さんは、どちらかというとオレの芸能界入りをあまり良くは思っていなかったから、最初の契約も、入院していた病院でだったし、この場所にいることが違和感でしかない。

 いつもより綺麗目な服装で、笑顔でオレを出迎え————



「このクソ野郎が!!どのツラ下げて私の前に現れやがった!!てめーなんて×××を××××で××してやんぞこらぁあああ」



 オレの後ろにいたマミコさんに蹴りを入れながら、放送禁止用語を連発し、罵倒しまくっていた。


 いつもおっとりとしていた母さんは、別人のようにブチ切れていて、マミコさんはただただ殴られ、蹴られ続けていた。


 怖すぎて、オレは何も言えずにその光景を見ているしかなかった。



「ごめん、ごめん……さくら。本当に、アタシのせいで————」



 散々暴れまわった後、今度は大泣きしてる。


 それにつられて、マミコさんも泣き出して、何が起きてるのか、この二人が別れることになったのか、オレには全然理解できない。



 二人の馴れ初めも、どうして別れることになったのかも、オレには知らない話がたくさんあるようで、あんなに殴られていたのに、気がついたら母さんとマミコさんは抱き合って、泣いていた。





「は……ハルカのお母さんて、あんなキャラだったけ?」


「いや、おとなしいよ普段は。あ、でも近所で元ヤン疑惑があった時期があったな……」


 小学生くらいの時、事故に合いそうになった近所の子を助けて、運転手をめちゃくちゃ罵倒してた事を思い出した。



 多分、ショックすぎて忘れていた記憶だ。



 * * *





「それで、今後についてなんだが……」


 オレと、やっと落ち着いたオレの両親(まだ実感がわかないけど)と、みちるさんは社長室で今後についての説明を受けることになった。



「まず、第一にハルカ。お前がどんなにみちるに対して本気かは十分理解した。世間が何を言おうと、このまま真剣に交際をつづけるがいい。愛は大事だ」


 実は、オレは勝手に会見を開いて、勝手にアイドルを辞めると宣言した。


 みちるさんを失うくらいなら、世間になんと思われようと、どうでもいいと思ったからだ。



「交際はいい。だが、世間がお前を求めている。このままだと、暴動が起きかねないと、政府からも要請をされたくらいなんだ……」



「せ、政府!?」



「総理大臣もお前のファンらしくてな……他にも、各省庁の職員や大手企業の社長たちもに陥って仕事に身が入らず、経済にも影響が出ている」


 そんな大ごとになっているなんて、思ってもいなかった。


(アイドルいなくなっただけで、仕事できなくなる政府ってなんなんだ……)



「もう今までのように女装したくないなら、しなくていい。美少女アイドルじゃなくていい。ハルカ、お前の好きな姿で、好きに歌ってくれていい。恋愛も自由だ。だから、戻ってほしいんだ」



「……わかりました」


 自分がそんなに求められていたなんて、知らなかった。


 もともと、歌手になるのは夢だった。


 望んでいた形とは違ったけど、それでも嬉しかった。


 それを失ってでも、みちるさんを失いたくないと思ってしまった。


 一つ大事なものを得るためには、一つ失わなければならないと、勝手に思っていたけど、失わなくて済むのなら……


 それでいいなら、オレは—————








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