第40話 あの男


 * * *




 街はもうすぐやってくるクリスマスに向けて、いつも以上にざわめき立っていた。


 夜になれば、イルミネーションが私には眩しくて、眩しくて、腹が立つくらいだ。

 何度か、バカみたいにイチャつきながら歩いてる男女とすれ違い、殴りたい衝動をなんとか堪えながら、大きな交差点の前で立ち止まった。


 ふと、見上げたビルの大型画面では、生放送の音楽番組が流れていて、今年一年を彩ったアーティスト達が今夜の出演者として次々と紹介されている。


 その中に、私はいなかった。



 一度立った事のあるあのステージに、私が立つことはもうないだろう。

 私の居場所はそこではないと、“あの男”の存在によって気付いてからは、もうあちら側にはなんの未練もなくなっていた。


『さて、次の曲は、先月発売されたアルバムは4週連続ランキング1位、さらには、今年最も日本中で話題となったこの方です!』


 一瞬ステージが映り、すぐに司会の女子アナへカメラが切り替わりる。


『ハルカさんで、デビュー曲の《HARUKA》 。そして、今年、ご自身の性別を公表後発売され、社会現象を巻き起こした《嘘》です!どうぞ!』


 壮大なイントロと共に、画面いっぱいに、“あの男”の笑顔が映った。



「ハルカでてるじゃん!かわいい!!」

「しかも、デビュー曲!!男だってわかってるのに、なんて可愛さだ!!」



「ハルカちゃんやっぱりすごいな!曲に合わせて見た目も声も変えてくるなんて、天才すぎ!」

「これ生放送だよね?クオリティどうなってんのまじで!!」


 私の隣に立っていた女子高生は憧れの眼差しを向け、その近くにいるサラリーマン達はこんな天才初めてだと、“あの男”を褒めちぎっているのが、余計に腹が立つ。


 また殴りたい衝動をなんとか堪えて、ようやく青に変わった信号を睨みつけ、ブーツのヒールの音を響かせながら目的地へ向かった。



 目指すのは、今この生放送が行われているテレビ局。

 



 

(————イヴは仕事ないって言ってたくせに!楽屋に突撃してやるわ!)




 そう思ってた。


 だけど————




「あの……栗原みちるさんですよね?」



「えっ…?」



 テレビ局へ着く前に男子高校生数名に声を掛けられた。



 去年の同じ時期に、同じ道を通った時は、変装もしていなかったのに、誰も私に気付いてはくれなかったことを、思い出だす。


「あの!僕ファンなんです!握手して下さい!!」


 今年はある程度の変装もしていたのに、気付いてくれた。


 気づかれるようになったんだ……



「え!栗原みちるじゃん!!私も握手したーい!!」


「私も!!」


「オレも!!」



 1人に声を掛けられた途端に、次々と色んな人たちが私に気づき、握手や写真を求めてくるようになった。


 気付いて貰えたことも、ファンだと言ってくれることも嬉しいことではあったけど、さすがに人数が多すぎる。



 無下にすることも出来ずに、困っているとあっという間に囲まれてしまった。



 (どうしよう……やばい)



 順番に握手して、写真撮って……どうやって抜け出そうか笑顔の裏で必死に考えていると、不意に手を引っ張られた。



 ビックリして、私の手を引いた人の顔を見ると、ついさっきあの大型画面に写っていた笑顔だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る