第35話 逃避行



 * * *





 宿舎を出て2週間が経った。


 あれから誰とも連絡をとっていない。



 実家だとマスコミが来るかもしれないから、北海道にの叔母の家にしばらく世話になってる。



「みちるちゃん、ずーっと引きこもってないで、そろそろ外に出たら?今日は天気もいいし、その辺散歩して来なー」




「え…でも……」



「大丈夫、この辺の人たちは年寄りばっかりだから、誰もみちるちゃんが東京でアイドルやってたなんて気付かないべさ。みんなNHKしか観てないしね……」



 叔母は縁側でぼーっと外を眺めていた私にそう言って、ちょうど飼い犬のコタロウの散歩の時間だからと、私に無理矢理リードを持たせ、麦わら帽子を被せられた。



「え、叔母さん、私この辺の道知らないよ?」


「大丈夫。コタロウがちゃんとわかってるから、コタロウについて行きなー……ほれ、いってらっしゃい」





 コタロウに引っ張られながら、ほとんどが畑の田舎道を歩いていく————





 どこまで歩くのか、速さはゆっくりだけど、コタロウはぐんぐんと進んで行って、少し人通りのある道まで出て行った。



(商店街……かな?)




 ハルカの実家までの道のりを思い出してしまって、泣きそうになる。



 気持ちを整理するために、こんなに遠くまで来たけど、どんなに忘れようとしても、ふとした瞬間に、ハルカのことを思い出してしまう。




 夕陽のオレンジ色も、真っ黒のパーカーを着た人を見た時も、昨日の夕食のコロッケも……



 全部ハルカにつながっていく。



(ハルカはどうしてるかな? 急にいなくなって、怒ってるかな? 呆れてるかな? 私のこと、嫌いになってくれればいい————)




 私がハルカを嫌いになる事ができないから、そんな事まで考えてしまって、結局いつまでたっても、私の頭からハルカがいなくなることはなかった。




 気ままに歩くコタロウに引っ張られながら、商店街も抜けて、また少しだけ大きな通りに出ると、学校帰りの中高生達とすれ違った。



(ちょ……コタロウ……さすがにこの辺りは……)




 まさかこんな所に芸能人がいるとは誰も追わないだろうけど、麦わら帽子のお陰で顔を見られることはなかった。



 彼らは何かしら楽しそうに会話しながら、歩いていた。



 私も学生の頃は、友達と一緒に帰ってきたな…と、懐かしく思えていたけど、その中の一人の女の子が、大きな声でスマホを見て叫んだ。







「ハルカが、男!?」




(————え?)





「ちょっと!いきなりなしたの?そんな事あるわけないじゃん……」

「嘘じゃないみたい……これから記者会見やるって、公式アカウントだよ、これ!!」

「マジなの!? え、あのハルカが!?」




(何を……言っているの?)




「めちゃめちゃ炎上してる……これ、ハルカ芸能界辞めるのかな?」


「まさか…そんな!!ショックなんだけど……」



(そんな……)



 私はすぐに自分のスマホで事実を確認した。



 会見予定時刻まで残り30分はある。




 私はコタロウを引っ張って、急いで来た道を戻った。













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